WBC決勝で米国を破り、3大会ぶり3度目の優勝を飾った“侍ジャパン”。

大谷翔平やダルビッシュ有など大リーガー4人と、昨年最年少三冠王となった村上宗隆ら、“史上最強の布陣”と言われた侍ジャパンを1つにまとめ上げ、世界一に導いた栗山英樹監督。

そのコミュニケーション術や、大谷選手との秘話、そしてWBC優勝の裏側を聞いた。

見たかった景色を見せてくれた“恩人”

ーーメダルの重みは?
メダルって人の物は大事に扱うんですけど、自分がもらうとポケットに入れて持ち歩くし、全然ですね(笑)。

ただ監督をやると、“物”じゃなくて、チームワークとか勝利、選手があの時こう言ったとか、もっと大事なことがあると感じます。

栗山 英樹監督
栗山 英樹監督
この記事の画像(8枚)

ーー世界一になったという実感はじわじわと込み上げて来るもの?
それは全然ないです。

みんな喜んでくれて良かったなと思いますが、「何で世界一になれたんだろうか」という疑問は頭の中にいっぱいあります。

どちらに転んでもおかしくない勝負だったので、一つ流れが変わればかなり早い段階でやられているし、その答えがわからず悶々としています。

ーー今回の侍ジャパンのメンバーはどんな仲間?
僕がどうしても見たかった景色を見せてくれた“恩人”です。

多分僕が一番勉強させてもらったので、コーチ陣も含めてすべてのスタッフが恩人です。

新しい仲間ができて心の底から幸せ

WBC優勝から1週間がたち、それぞれのチームに戻った侍ジャパンのメンバーたち。

栗山監督はその活躍を「身内感覚」で応援していると話す。

ーー選手たちはすでに再始動しているが、その姿を見てどう思う?
新しい仲間ができて、今までの見方とは全く違って、ちょっと身内感覚です。
ヌートバーが打っているのを見て、凄く嬉しいです。

シーズンが始まって、これまで冷静に見れたものが「頼む哲人!」みたいな感じです。心の底から「頑張れ」と思って見ていられるので、幸せだなとすごく思います。

その栗山監督にとって特別な存在といえば大谷翔平選手。

大谷選手は先週、世界一になった直後の写真をSNSに掲載していた。

ーー写真は大谷選手から声をかけてきた?
シャンパンファイトが終わって帰ろうとしていたら、監督室に一平と翔平が写真撮ろうと入ってきて、僕の肩にガッと手を回されて。「俺子供じゃないから」というくらいの身長差で、写真撮ったら出て行くみたいな感じでした。

大谷選手がSNSに掲載した写真
大谷選手がSNSに掲載した写真

ーー栗山監督が思う大谷選手のバッティングのすごい所は?
僕はもともと翔平はバッターだとずっと言ってきましたが、あれだけのジャパンのメンバーが一緒に打っても、打球スピードだったり、ボールが上がる角度のレベルが違うと感じたと思います。

「ちょっとレベル違うな。凄過ぎて俺たちも頑張らないとダメじゃん」という空気になったんです。スイングスピードがあれば、打球スピードは上がるんですが、その進化のスピードが想像を超えていました。

それは「野球が好きでたまらない」「野球が誰よりもうまくなりたい」「アメリカの錚々たるメンバーに勝ちたい」という思いが大事なんだなと思いました。

ーー大谷選手とは日ハム時代からの関係ですね?
入団の経緯も結構大変で、18歳の少年が「アメリカに行きます」と公言して、「誰も歩いたことのない道を歩むんだ。世界一の選手になるんだ」と決めたところから始まったので、成長している姿を見せてくれたことに凄く感謝しています。

『大谷翔平物語』は本当に信じられないことを起こすので、彼が育っていった日ハム時代は、「邪魔をしないように」、「壊さないように」とすごく考えました。

だから5年前にチームを離れる時は、「もう2度と一緒にやりたくない」と思いました(笑)。世界の宝ですから。あれ程「壊しちゃいけない」と気を遣うのはもういいです。

コミュニケーションの“濃淡”でまとめる

一流選手ばかりの侍ジャパンをまとめるために、栗山監督が心掛けたのはコミュニケーションに“濃淡”を付けることだったという。

特に、コミュニケーションを重ねたのは村上宗隆選手だったと明かす。

ーー侍メンバーに対して心掛けたことは?
普通にやったら勝てると信じていたので、とにかく邪魔をしない、選手が気持ちよく勝つために集中できる環境を作ろうと思っていました。

本当に選手たちが自分たちで「勝ちたがってくれて、勝ち切った」という戦いでした。

コミュニケーションに関しては、選手1人1人みんな立場が違うし、考え方も違うので、ある程度試合に出ている選手は放っておいても大丈夫です。
一方で、試合に出ていない選手も、全員一流選手なので、フォローはあまりしない方がいいと思いました。

フォローすることでプライドを傷つける可能性もあると思い、一流選手だから僕やチームが勝つために何をしようとしてるのか分かるはずなんで、そこは余計なフォローはしちゃいけないと逆に思っていました。

ーー言葉だけでなく手紙やメッセージも送った?
僕は全員に手紙を書いているんですけど、村上選手に関しては、あれだけのバッターなので、日本が優勝するなら彼が打たなきゃいけないとも思っていたので、電話でも話したし、長めのラインも送りました。

でも宗はやっぱすごかったです。「そんなことより勝ちましょう」と必ず返信が来ました。
そういう選手だから、あの若さであそこまで行けたと思うし、彼と心中できると思えました。

選手にとってやりやすい環境を作るというのは、自分が選手の中に入って「どう思っているのかを考えながら会話をする」ことだと思っています。

「自分らしくやらなかったら意味がない」

また、栗山監督が世界一の景色を見るために頼ったのは歴代のWBC監督だという。

話を聞く中で、王さん、原さんに言われた言葉に救われたという。

ーー歴代の監督からはどんな話を聞いた?
「ものすごいプレッシャーだし、困るし、考えると大変なんだけど、自分らしくやれ」と王さんにも原さんに言っていただきました。「最後は自分らしくやらなかったら意味がない」という言葉にすごく救われました。

プレッシャーがありながら、自分らしくやらせてもらえたのは先輩方のおかげなので、ひたすら感謝です。

ーー3年後、もう1回世界一の景色を見たいという思いは?
それについてはあまり考えてないですけど、侍ジャパンの監督をすることがどれくらい大変なことなのか、また素晴らしいことなのか、難しければ難しいほど学ぶことが多いので、若い人たちにも経験してもらいたいと思います。

僕は正直、実績ある選手じゃなかったし、日ハムの監督でもすごい成績を残したわけでもないし、自分が侍ジャパンの監督をやっていいのかという思いは最後までありましたが、やらせてもらって本当に財産になりました。

この景色を見せてもらって、みんなにも見せてあげなくてはとすごく思いました。
もし僕にできることがあるならば、若い人たちに寄り添って、彼らが見たい景色を見させてあげたいです。

僕が選手に「ありがとう」と言うのと一緒で、「ありがとう」と言われることをしてあげたいと思いました。