小さい子どもにスマホを持たせて遊ばせる「スマホ育児」。成長への影響を心配する声もあるが、実際は限定的である可能性が示された。
大阪大学大学院連合小児発達学研究科と浜松医科大学子どものこころの発達研究センターの研究グループは、幼児期の「スクリーンタイム(ST)」(テレビを含むデジタル視聴の総称)と、その後の子どもの神経発達の関連を解析。
その結果、「コミュニケーション機能の発達に弱いながらも影響があることを示した一方、子どもの頻繁な外遊びがスクリーンタイムの望ましくない影響を緩和する」ことを世界で初めて明らかにした。
これまで、幼児のSTが長いと、その後の言語機能、社会機能・対人機能(社会性)、運動機能の発達に望ましくない影響などがある可能性が指摘されていた。一方でこの影響を否定する研究もあり、同グループは2007年から運営される「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」に参加する子ども885人の大規模追跡データを活用して調査していた。
すると、以下のことが分かったという。
「2歳のSTは、4歳の『コミュニケーション機能』『日常生活機能』を低下させるが、その影響の程度は限定的であり、とくに「日常生活機能」への影響は2~3歳に十分な外遊びをすることで緩和される可能性がある。また、2歳のSTは4歳の「社会機能」に明確な影響を与えていない」
つまり、2歳のSTが長いと、4歳の日常生活機能が少し下がるが、この低下は、2歳8か月の外遊びを増やすと大幅に減っていたというのだ。
ネガティブな意味で使われることも多い「スマホ育児」だが、じっとしていてほしい時など必要に迫られるときもあるだろう。
成長への影響が限定的と分かれば、これまで敬遠していた保護者でも活用したい人が出てくるのではないだろうか?
大阪大学大学院連合小児発達学研究科と浜松医科大学子どものこころの発達研究センターに所属する土屋賢治特任教授に話を聞いた。
二つの視点から研究を開始
――このような研究に取り組んだのはなぜ?
研究は「子どもを診る医師」と「社会の一員」の二つの視点から始めました。
まず、医師としての狙いです。世界保健機関(WHO)は、2歳児のスクリーンタイム(テレビやスマホ、iPadなどを視聴する1日当たりの平均時間、以下STと略)が1時間を超えることのないよう指針を出しています。指針が出されている理由は、幼児のSTが長いと、その後の発達に望ましくない影響が生ずる心配があるためです。
これまでの研究によれば、ことばの発達に望ましくないという研究報告が多く集まっていますが、それ以外の領域の発達、たとえば社会機能や日常生活機能に影響があるのかどうか、はっきりしていません。また、STと子どもの発達に望ましくない関係があったとして、STを減らすこと以外に「望ましくない影響」を減らす方法はないのか、だれも知りませんでした。
ここで思い起こしたのが「外遊び」です。STが長くなると外遊びの時間が短くなるのは直感的に明らかであり、研究からもその関係が支持されています。STのもたらす「望ましくない影響」を、「外遊び」を増やすことで減らせないか?という素朴な疑問を、科学的研究で証明してみたいと考えました。
――では、社会の一員としては?
私たちは、スマホなどデジタルデバイスを広く利用しているのに、小さな子どもがデジタルデバイスを使うことにやや否定的な見方をしがちです。「スマホ育児」という言葉にはその見方が反映されています。
我が国においては、人々が子どもの長時間のデジタル視聴の良し悪しを判断する根拠となる科学的なデータが十分にそろっていないままに情緒的、とりわけ否定的な空気が流れていることに対し、私は、懸念をもっていました。実際に、わたしが診療でお目にかかるお子さんのお母さんたちの多くが、ご自身のお子さんたちのデジタルデバイス使用をうまくコントロールできないことに後ろめたい気持ちをもっているのです。
緩和する効果は外遊びの多い子にのみ
――「コミュニケーション機能」「日常生活機能」「社会機能」とは、具体的にはどのようなことを指すの?
コミュニケーション機能:自分の意見を言える、主張する、他人の言い分を理解できる、など、基本的な言語能力とそれを踏まえた応用力が含まれます。
日常生活機能:食事のあとのお片づけを手伝う、出したおもちゃをしまう、ひとりで歯磨きできる、公道の危険がわかる、など、生きていくために必要な技能や行動する力が含まれます。
社会機能:ミスに気付いてあやまれる、必要に応じて挨拶ができる、静かにできる、など場面に応じた状況判断の力が含まれます。
「コミュニケーション機能」「日常生活機能」「社会機能」の3つは「運動機能」とあわせてしばしば「適応機能」とよばれ、小児~成人期の生きる力を反映します。
――では外遊びの時間が長いと、この影響の緩和の効果があるということ?
本研究では、外遊びの量を「1週間のうち何日外出し、30分程度息を弾ませる活動をしたか」と定義し、6日以上であると外遊びが「多い」と判定しました。定義に基づく「外遊び」には、外遊びに限定されないお散歩やお出かけも含まれます。緩和する効果は外遊びの多い子にのみ認められています。
今後は「より細かく大規模なデータ解析を計画」
――改めて今回の研究によって、どんなことが示された?
今回の研究では、3点が明らかとなりました。
(1)2歳のお子さんに、長い時間TVやデジタルデバイスを見せると、4歳のコミュニケーション機能が期待より低くなる可能性があることがわかりました。つまり、幼児期のSTには望ましくない影響があります。わが国ではじめてのデータであり、その内容は世界のデータと同じ方向性をさし示しています。ただし、その効果量は、あまり大きくないのですが、小さいから無視してよい、ともいえないのです(0.2標準偏差:偏差値でいえば、2ポイント分)。
なお、海外の先行研究では、保護者と一緒に見る「Co-viewing(共同視聴)」ならば言語やコミュニケーション機能に対する影響が小さいという報告があります。また、非教育的な内容よりも教育的な内容ならばコミュニケーション機能に対する影響が小さいという報告もあります。本研究からわかった「2歳のSTが長い、つまり1日1時間超であると、4歳のコミュニケーション機能が少し下がる」のは、1時間より多くTVやデジタルデバイスを視聴するすべての子どもたちへの影響の平均値であることに注意を払う必要があります。
(2)2歳のSTが4歳の日常生活機能に望ましくない影響があるが、2~4歳において十分な外遊びを経験すれば、その影響を打ち消せる可能性がある、ということが明らかになりました。
(3)2歳のSTは4歳の社会機能の発達には影響しないことが明らかになりました。
――今後の研究の展望は?
参加者数を増やしたより大きな研究で、今回の結果を追試することを予定しています。たとえば、1時間以上より2時間以上だとより効果が大きいか、など、STの影響をより細かく、大規模なデータで解析することを計画しています。
小さな子どものSTは1日1時間以内が理想的
――最後に、子どものスクリーンタイムを、親はコントロールすべきなの?
2歳前後の小さな子どもでは、STを1日1時間程度以内にとどめておくことができれば理想的です。しかし、それを実現できない場合もあります。また、「1時間以内ルール」をすべての親子に強制できるほどしっかりした根拠があるわけではないことも、本研究からわかりました。
外遊びや外で息を弾ませるような活動をしっかりすることをこころがけるのはよい方向性です。また、先行研究から示唆されているように、デジタルデバイスを親御さんと一緒に視聴するならば、STの望ましくない影響を減らせることも期待できます。
なお、本研究は2歳前後の小さな子どもが対象ですので、上記の見方をより大きな子どもたち、たとえば学校でデジタルデバイスに触れることが必要な小学生以上の子どもたちに当てはめるべきではありません。
研究のリリースでは「今回の結果は、『子どものSTを短くする必要があり、そのためには両親が“スマホ育児”をやめるべきである』という論調を見直すに十分なデータです」と締めくくっている。
(イラスト:さいとうひさし)