2023年3月1日、日本海に面した京都府・舞鶴港に、史上初めて入港する白いフネの姿があった。
艦橋後部にそびえ立つ二つの巨大で奇妙な構造物は、コブラキングというレーダーのアンテナで、2つで重量約450トン以上という巨大なレーダーであり、アメリカ空軍に所属している。
この記事の画像(23枚)ハワード・O・ロレンツェンは、舞鶴に入港するまで、日本海に展開していたと推定されるが、その重量約450トンの「目」=コブラキング・レーダーは、何を見つめていたのだろうか。
巨大な「目」=コブラキングが凝視していたものとは
コブラキングは、高出力のXバンドとSバンドの2つの周波数帯でミサイルの監視・追尾を行う専用のレーダーだ。
日本海に展開していていたとすれば、それがいつからだったのかは定かではないが、昨年から今年に掛けて、北朝鮮のミサイル、特にICBM(大陸間弾道ミサイル)発射活動が特筆すべきものだったことと関係がありそうだ。
2022年11月18日に北朝鮮は世界最大級のICBM、火星17型の発射試験を実施した。
浜田防衛相は、同日12時20分の記者会見で「同日午前10時14分頃に北朝鮮から1発の弾道ミサイルの発射があり、69分間飛翔。11時23分頃、北海道の渡島大島の西方約200kmの日本海に着水。(高い角度で打ち上げ、敢えて、手前に落とすロフテッド軌道で)到達最高高度約6000km、飛翔距離約1000kmを記録した」と発表。
その上で、浜田防衛相は、発射同日「弾頭の重量等によっては、1万5000kmを超える射程となりうるとみられ、その場合、米国本土が射程に含まれる…米国・韓国等の関係国と緊密に連携して対応していく」との分析を明らかにしていた。
浜田防衛相は、着水から1時間未満で、一定程度の分析結果を明らかにしたことになる。
米は巨大爆撃機派遣で北朝鮮を牽制
米国本土に届く北朝鮮・火星17型大陸間弾道ミサイルの発射の翌日、米軍も韓国周辺にB-1B大型爆撃機を派遣し、韓国空軍、航空自衛隊と共同訓練を実施した。
B-1B爆撃機は、射程約1000kmのJASSM-ER巡航ミサイルを24発搭載できる。
そして、今年2月18日17時21分頃に、北朝鮮は火星15型大陸間弾道ミサイルを試験発射。
これに対し、浜田防衛相は、発射の約2時間後「約66分間の飛翔の結果、飛翔距離約900㎞、最高高度は約5700㎞程度と推定。今回の飛翔軌道に基づいて計算すると弾頭重量等によっては、14000㎞を超える射程となり得るとみられ、その場合、米国全土が射程に含まれる…引き続き米国・韓国等の関係国と緊密に連携して対応する」と発表した。
火星15型もまた、ロフテッド軌道で飛翔していたのである。
米軍は、北朝鮮が火星15型を発射した翌日の2月19日、B-1B大型爆撃機を韓国周辺の空域に派遣し、黄海や韓国内陸部の上空で、韓国空軍のF-15Kスラムイーグル戦闘攻撃機やKF-16戦闘機と共同訓練を行い、その映像を公開した。
派遣されたB-1B大型爆撃機の機首の下には、GPS誘導爆弾や地上攻撃用のミサイルを精密に誘導するための装置、スナイパーポッドが付けられていた。
米韓側もまた、その能力を北朝鮮側に分からせようとしていたのかもしれない。
金与正・労働党副部長「敵偵察機が着陸後、重要な軍事行動」
火星15型の発射について、北朝鮮の金正恩総書記の妹である金与正労働党・副部長は、2月20日に談話を発表。
「空中偵察に動員された敵の偵察機7機が全部着陸した15時30分から17時45分までの時間を選んで重要な軍事行動を取った」と明らかにした。
つまり、北朝鮮の情報能力を誇示するように「(米・韓などの)偵察機の動きを掌握し、火星15型の発射を実施した」ということのようだが、前述の日本海で活動していたかもしれないハワード・O・ロレンツェン(T-AGM-25)については、言及はなかった。
日本の自衛隊にも、日本海側に、J/FPS-5(通称、ガメラ)レーダー、J/FPS-7レーダーを配備している他、弾道ミサイルの追尾可能なイージス艦を日本海側に展開させていたかもしれないが、浜田防衛相の発表に「米国・韓国等の関係国と緊密に連携」という言葉は、ハワード・O・ロレンツェンに搭載されたコブラキング・レーダーなど、米側データ収集装備との連携の可能性を示唆しているようで興味深い。
ところで、金与正労働党・副部長の前述の談話には「太平洋をわれわれの射撃場に活用する頻度は、米軍の行動の性格にかかっている」との言葉があった。
北朝鮮は、太平洋に向かって何を発射しようというのだろうか。
北朝鮮は、すでに、火星15型、火星17型という大陸間弾道ミサイルを保有しているが、発射試験は、いずれも、あえて飛距離を短くするロフテッド軌道によるもので、予想される最大射程1万5000km超や1万4000kmで飛ばしたことはない。
また、今年2月8日の朝鮮人民軍創建75周年閲兵式で、披露された、いわゆる「固体推進剤使用と推定されるICBM級弾道ミサイル」は、この原稿を書いている時点(3月10日)で、一度も発射試験が行われていない。
では、最大射程に近い形で、これらのICBM(及び、推定ICBM)や中距離弾道ミサイル(射程3000~5500km)の発射試験は、どのような飛翔経路をとることになるのだろうか。
北朝鮮大陸間弾道ミサイルの予想される飛行経路とは
日本のミサイル防衛の草創期に技術者として深くかかわった未来工学研究所の西山淳一研究参与は、北朝鮮が、かつて、火星12中距離弾道ミサイルを2017年に2発、2022年に1発の計3発を、ロフテッド軌道ではなく、地球表面上のほぼ同じコースで飛ばしたことに着目。
いずれも、ほぼ同じ方位で発射され、津軽海峡の上空かすめるように飛び、太平洋上に弾着していた。
そして、その同じ方位の延長線上には、南米大陸がある。
火星12型と同じ方位なら、平壌から、南米大陸沖の太平洋洋上までは、1万7000km余り。
火星15型であれ、火星17型であれ、推定最大射程で発射しても、日本以外の外国の上空は通過せず、南米大陸の地上には届かない可能性が高い。
日本の上空を通過する場合でも、その高度は宇宙に達しているかもしれないが、切り離されたブースターが日本に落下しないかどうかは筆者には不詳だ。
そして、火星15型でも、火星17型でも、「固体推進剤ICBM(推定)」でも、火星12型と同じ方位で発射し、1万km余りを飛ばすことが出来れば、物理的には、米国本土を射程とするICBMとしての性能が、ほぼ実証されることになるのだろう。
だが、北朝鮮から、米本土に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)は、同時に、英国やフランスに届くことを意味する。
英国も仏国も、戦略核兵器保有国だ。
つまり、北朝鮮の大陸間弾道ミサイルが高性能化すればするほど、米国以外の西側戦略核兵器保有国も敵に回しかねないということなのだろう。
前述の金与正発言に対して、韓国の朝鮮日報(3/6付)は「アキリーノ米インド太平洋軍司令官が最近、韓国政府側に『北朝鮮が太平洋地域にICBMを撃つとすぐに撃墜するだろう』と話したことが判明。アキリーノ司令官は、北朝鮮の金与正が2月20日、『太平洋を北朝鮮の射撃場として活用する』という談話を出したことについて「本当に狂った発言」と話したという」と報じた。
つまり、この記述が正しいなら、米インド太平洋軍司令官は金与正発言を受けて「北朝鮮にICBMを撃てるものなら撃ってみろ」と言わんばかりだったと読み解くこともできるかもしれない。
ちなみに、この日(3月6日)、米空軍は、射程1000km以上のAGM-86巡航ミサイルを20発搭載出来るB-52H重爆撃機を韓国周辺空域に派遣。
韓国空軍のF-15Kスラムイーグル戦闘攻撃機等と共同訓練を行った。
このような状況の下、金与正副部長は、先述のインド太平洋軍司令軍の発言を何らかの手段で確認したのか、朝鮮中央通信(3/7)を通じて「米国の管轄権に属さない公海と空域で行われる我々の戦略兵器試験に、迎撃のような軍事的対応を行うなら、宣戦布告とみなす」と再度談話を発表し、米国を牽制した。
北朝鮮が、本当に、火星15型、火星17型、「固体推進剤ICBM(推定)」のいずれかを、長く飛ばそうとすれば、図示したような軌道で飛ばさざるをえないかもしれない。
しかし、そのことは、米側にとっては、北朝鮮ICBMの飛行コースが,事前に絞り込めることを意味するかもしれないが、米インド太平洋軍が、例えば、SM-3迎撃ミサイルを搭載したイージス艦を並べて、本気で撃墜しようとするかどうかは不明だ。
米国にとっては、北朝鮮大陸間弾道ミサイルの(1)発射までの手順とそれに掛かる時間、(2)北朝鮮は、大陸間弾道ミサイルを狙い通りに正確に飛ばせるのか、(3)ブースターと弾頭の分離は正常に行われるのか、(4)飛行コースのどのあたりで弾頭を分離するのか、(5)いったん、空気の薄い宇宙空間に飛び出した弾頭が、空気の濃い空間への再突入する場合、耐えられるのかなど、北朝鮮ICBMについて、その発射試験の際に知りたいことは多々あるだろう。
それに、発射試験は、その大陸間弾道ミサイルのブースターを消費することを意味する。
北朝鮮が核弾頭のついていない大陸間弾道ミサイルの発射試験を実施するなら、それは、米国にとってデメリットだけではないのかもしれない。
北朝鮮は何発のミサイルを発射したのか?
しかし北朝鮮の弾道ミサイルで注目されるのは、大陸間弾道ミサイルだけではない。
3月9日、午後8時52分、韓国の聯合ニュースは、「韓国軍合同参謀本部によると、北朝鮮が9日午後6時20分ごろ、平壌近郊の南浦市周辺から黄海に向けて短距離弾道ミサイル(SRBM)1発を発射した」と報じた。
翌10日、北朝鮮の労働党機関紙「労働新聞」は、金正恩総書記が「3月9日、朝鮮人民軍西部戦線の重要作戦任務を担当している火星砲兵部隊を現地支援した後、火力襲撃訓練を視察した」として、複数の画像を掲載した。
この画像には、金正恩氏と娘のジュエ氏の視察風景が映っており、最高指導者の並々ならぬ関心をうかがわせるものだった。
そして、昨年4月にも試験発射を実施し、110km飛んだ「新型戦術誘導兵器」の移動式発射機が映っていた。
この移動式発射機には、ミサイルが4発装填可能だが、画像を見る限り、6両の移動式発射機が、1発ずつ、計6発を一斉発射しているように見える。
そこで、気に掛かるのが、前述の聯合ニュースの記事にあった「短距離弾道ミサイル(SRBM)1発を発射」という記述だ。
労働新聞の画像が正しければ、韓国軍は、発射されたミサイルの数を掌握できなかった、ということだろうか。
気がかりとなる画像はそれだけではない。
地表から、6発のミサイルの到達高度を1枚に収めた画像もあった。
これが正しいなら、6発のミサイルは、かなり低く飛ばすことに成功しているということだろう。
そのことが、韓国軍が、1発と判断した理由だったのかもしれない。
"新型戦術誘導兵器"は変則軌道ミサイル?
そして、ミサイルの噴射口を拡大してみると、噴射の向きを偏向する板(ベーン)がついていることが分かる。
つまり、このミサイルは、楕円軌道を描いて飛ぶ通常の弾道ミサイルとしても、飛翔(ひしょう)の途中で軌道を変える変則軌道ミサイルとしても使用出来るということなのだろう。
軌道が低くて、掌握が難しく、発射されたミサイルを数えるのすら難しい。
北朝鮮は、この「新型戦術誘導兵器」で何をするつもりなのだろうか。
前述の労働新聞の記事は「敵作戦飛行場を担当している軍部隊官下第8火力襲撃中隊の実戦対応態勢を判定検閲」と記述していて、韓国内にある軍用飛行場の破壊を担当する部隊の装備ということのようだが、38度線からの距離が40~60kmとされる韓国の首都ソウルの防衛という観点からも無視出来るものではなさそうだ。
【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之】