新型コロナウイルスの影響で落ちこんだ観光需要も回復の兆しを見せる中、東日本大震災で大きな被害を受けた被災地沿岸部も、徐々ににぎわいを取り戻しつつある。

一方、災害は「いつ、どこで起こるか」誰にもわからない。

「もし旅行先の土地勘がない場所で津波が来たら…。」
そんな心配を解決するかもしれない実証実験が宮城で始まっている。

「アドバルーン」を「避難誘導」に活用 避難先を一目瞭然に

仙台市沿岸部の商業施設「アクアイグニス」に掲げられた赤いアドバルーン
仙台市沿岸部の商業施設「アクアイグニス」に掲げられた赤いアドバルーン
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1月下旬、津波で被災した仙台市の沿岸部に2022年春に開業した商業施設に赤いアドバルーンが上がった。バルーンの下につるされた懸垂幕には「つなみぼうさいじっけん(津波防災実験)」という文字が掲げられている。

これは、仙台市で始まった、津波などからの避難を呼びかける手段としてアドバルーンを活用する実証実験。この商業施設は緊急避難先には指定されていないが、研究に賛同する形で実験に協力した。

実験の目的は、津波が発生した際に緊急避難先となる「津波避難ビル」からこのバルーンを掲げ、避難の「目印」となること。まさに、現代版〝狼煙(のろし)〟だ。

バルーンに吊るされた懸垂幕には「つなみぼうさいじっけん(津波防災実験)」と書かれている
バルーンに吊るされた懸垂幕には「つなみぼうさいじっけん(津波防災実験)」と書かれている

東日本大震災を経て全国各地で整備が進められている「津波避難ビル」。
宮城県内では2021年4月の時点で107棟が津波避難ビルに指定され、避難タワーは41カ所に整備されている。一方で、それらの緊急避難先の目印は多いとは言い難く、迷うことなくたどり着けるのか、疑問が残る人は少なくないだろう。

東日本大震災を経て仙台市内に整備された「津波避難ビル」
東日本大震災を経て仙台市内に整備された「津波避難ビル」

研究を始めたのは大学院生 きっかけは「訪れた観光地で感じた不安」

今回の研究を始めた東北大学・大学院に通う成田峻之輔さん。
東北大学の災害科学国際研究所で津波工学について学んでいる。

なぜ、アドバルーンだったのか。きっかけは、成田さんが2022年5月、観光で鎌倉を訪れたときに感じた「不安」だった。

成田峻之輔さん:
「観光客として遊びに行った時、実際に津波が発生する状況に置かれたら、自分はどこに行
けばいいか判断つかないと感じました。」

神奈川県の想定では、相模トラフを震源とする地震により鎌倉市には最短8分で津波が到達するとされている。成田さんは、バーチャル空間に鎌倉市を再現し、アドバルーンで避難場所を掲示する研究を始めた。

鎌倉の街をバーチャル空間で再現
鎌倉の街をバーチャル空間で再現

研究を進めるためには実証実験が必要。成田さんはクラウドファンディングで資金を募り、アドバルーンを上げるためのヘリウムガス代などを調達した。

たどり着いた実証実験…浮き彫りになる課題

掲げられたアドバルーン 視認性を確認する
掲げられたアドバルーン 視認性を確認する

そしてこぎつけた実証実験当日ー。アドバルーンは無事に空へと掲げられた。

施設を訪れていた人からは、
「運転中、津波が来たと感じたので、目印になる。いい取り組み。」、
「アドバルーンがすぐに目に入った。」といった肯定的な意見が多く出た一方、
災害時に利用客の非難を誘導する立場となる商業施設の従業員からは
「近づかないと分からない。文字をもう少し大きくするべき。」
「意識して見ないと見つけられない。」などと厳しい声も挙がった。

実際考えられる課題は多い。避難を誘導しなければならないのは、観光客だけではない。
施設から海までの距離は約800mほどの距離。釣り人やサーファーから文字は見えるのか?
強風や雨、悪天候時にアドバルーンの視認性は保てるのか?津波警報が発出されている混乱時にアドバルーンをスムーズに上げることはできるのか?実証実験を通して、成田さんも「課題」が浮き彫りになったと話す。

成田峻之輔さん:
「こんなに大きければ遠くからでも分かるだろうと作っていたが、遠くから見ると小さくなるし風によって逆さになってしまう。常にどこからでも見やすいわけではないというのが正直な感想です。」

成田さんを指導し、宮城県の津波対策に携わる災害科学国際研究所の今村文彦所長は、
遠くからも確認できる「アドバルーン」は有効な連絡手段の一つになると考えている。

東北大学・災害科学国際研究所・今村文彦所長:
「防災無線やスマホなどさまざまなものがあるが、実際にどれが使えるか状況によって違う。シンプルほど災害時に対応しやすいし、多様な方法で誘導はあるべき。」

学生の「観光客での視点」から始まった研究。様々な課題が残っていることは間違いない。一方で、東日本大震災を経験した私たちだからこそ「命を守る」ための様々な手段を模索していくことは必要だ。

目指すのは“日常的に使える防災”。

成田さんの自由な発想は、未来の備えを変えるきっかけになるかもしれない。

(仙台放送)

仙台放送
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