2022年2月24日。ロシアがウクライナに対し軍事侵攻を開始した。国連安保理の常任理事国でもあるロシアによる軍事侵攻は、世界中に衝撃が走った。この戦争は、ロシアやウクライナのみならず、周辺地域や世界各国の経済や人々の生活を大きく変え、特に欧州諸国では、資源面でロシアへの依存度が高いためその影響は大きかった。結果的に欧州への影響は世界中に波及し、2022年の資源価格を揺るがした要因の一つとなり、エネルギー市場はかつてないほど“乱高下”した。 

資源を“武器”として使用するロシア

ロシアは原油、石炭、天然ガスなどの生産量が世界トップクラスの、言わずと知れた資源大国である。その輸出先は、資源に乏しい欧州諸国やアジアなど様々。その中でも欧州諸国は地理的な条件も相まって依存度が特に高い。天然ガスにいたっては、ロシアとはパイプラインでつながれている。 

ロシアとヨーロッパ諸国を結ぶパイプライン・ノルドストリーム「Nord Stream 2 / Axel Schmidt」
ロシアとヨーロッパ諸国を結ぶパイプライン・ノルドストリーム「Nord Stream 2 / Axel Schmidt」
この記事の画像(8枚)

パイプラインでの輸送は、コストが安い一方で、従来から政治利用されるリスクが懸念されていた。そのリスクは、このウクライナ侵攻により顕在化し、パイプラインが何者かに破壊された結果、欧州諸国への天然ガス供給が困難な状況となったのである。

破壊された経緯はまだ明らかになっていないが、ロシア側の工作だとの見方が強く、資源が“武器”として使用される状況にまで陥っているのだ。このパイプラインの破壊により、欧州諸国はアジアなどの従来調達していた市場とは別の市場から調達するほかなく、価格は高騰した。 

サハリン2をめぐる大統領令とLNG価格の急騰

日本における発電量の8割は火力発電が占めており、その主な燃料となっているのがLNG=液化天然ガスである。LNGは、燃焼時の二酸化炭素排出量が、石炭や石油などと比べて少ないため、脱炭素化の流れが加速する中、現在、火力発電の主な燃料となっている。ロシアはその天然ガスの生産で世界第2位となっていて世界中に輸出している。

経済産業省によると、2021年に日本が輸入したLNGのうち、ロシア産はオーストラリア産などに次いで5番目に多い8.8%で、輸入額は3722億円に上る。日本が輸入するロシア産LNGの大半は、「サハリン2」と呼ばれる、日本の大手商社、三井物産や三菱商事が出資する、ロシア極東の石油・天然ガスプロジェクトで生産されている。 

サハリン2
サハリン2

しかし、2022年2月24日にロシアがウクライナの侵略を開始するやいなや、イギリスの石油大手シェルが侵攻開始からわずか4日後の2月28日に「サハリン2」からの撤退を発表した。

さらに、3月にはEUがロシアへのエネルギー依存削減策を発表し、それに呼応するように6月30日にロシアのプーチン大統領はサハリン2について、事業主体をロシア企業に変更するように命じる大統領令に署名。

火力発電の燃料となるLNGが日本に入らなくなるのではという懸念が高まり緊張が走った。当時、経済産業大臣をつとめていた萩生田氏はこのように話していた。 

萩生田前経産相はLNGが入らなくなるという懸念に「(サハリン2権益の)維持を続けていくことに変わりない」と発言
萩生田前経産相はLNGが入らなくなるという懸念に「(サハリン2権益の)維持を続けていくことに変わりない」と発言

「現時点で政府としては中身を精査中なので、今の段階で予断を持ってはコメントは控えたい。(サハリン2の権益の)維持を続けていくことに基本的には変わりない」

 その後、政府は権益を保有する三井物産、三菱商事の両社に対し、権益の維持を前向きに検討するよう要請。結果的に、両社はロシア側に意向を通知する期限内に、新会社に参画する通知を出すことを決めた。

また、サハリン2からLNGを輸入している東京ガスや、東京電力ホールディングスと中部電力が出資するJERAも、新会社と供給に関する長期契約を締結した。契約内容は明らかにしていないものの、数量や価格などの主要条件は旧会社との契約と同じという。現在もサハリン2の新会社の株主間で詰めの交渉が続いていて、予断を許さない状況だ。 

原油価格の高騰とサハリン1の影響

原油はガソリンなどの石油製品の原料となり、生活に関わるありとあらゆるものに結びついている。日本は、原油のほとんどを中東から輸入している中、原油の生産世界3位のロシアからは、極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン1」からも輸入している。ほとんどを中東から輸入する中で、サハリン1からの原油はエネルギー安全保障の観点からも重要な役割を担っている。 

こうした中、ロシアのプーチン大統領は10月7日付けで、新設する会社に事業を移管する大統領令に署名。権益を保有するSODECO=サハリン石油ガス開発に出資する経産省、大手総合商社の伊藤忠商事、丸紅、石油資源開発などは対応に追われた。外国の出資者は、新会社設立から1カ月以内に、参加に同意するかどうか通知するよう求められていた。 

西村経産相は、サハリン1の安全保障上の重要性を指摘
西村経産相は、サハリン1の安全保障上の重要性を指摘

「サハリン1の重要性はエネルギーの安全保障上変わるものではない。関係者と協議をして今後の具体的な対応を検討していきたい」 

西村経済産業大臣は、閣議後の会見などでサハリン1の質問が出る度に、このように繰り返し、サハリン1の安全保障上の重要性を指摘した。原油はLNGと比較して市場が大きく調達先も広範で、貯蔵する期間も長いため、原油が不足してすぐに影響が出るとは考えにくい部分はあったものの、近場からの重要な調達先であることには変わらない。 

そして、11月1日、「日本政府としてはサハリン1の権益を維持する方針を固めました」 と述べ、水面下での協議が続けられた結果、西村大臣はサハリン1の権益維持の方針を固めたと表明。「10月31日にサハリン石油ガス開発の社長や取締役と面談し、参画同意について前向きに検討いただきたいと伝えた」とも明らかにし、国のエネルギー安全保障の観点から権益の維持は特に重要であったことが伺える。 

今後のエネルギー価格の動向

こうして、サハリン1、サハリン2の権益は、よほどの事がない限り維持される方向になったが、気になるのは今後のエネルギー価格の動向だ。原油価格、およびそれに連動するガソリン価格は、ロシアによるウクライナ侵攻で5月から6月にかけて跳ね上がったものの、2022年末あたりから落ち着きを取り戻し、侵攻前の水準にまで戻りつつある。 

また、天然ガスの価格も2022年の夏をピークに徐々に下がってきており、世界銀行は2022年10月、エネルギー価格は2022年をピークに下落に転じ、2023年については2022年比で11.2%下落するとの見通しを示した。

こうした今後の状況を、エネルギーを海外から輸入する企業はどう見ているのか。東京ガスは先日、2023年から2025年の中期経営計画を発表し、笹山副社長はこのように述べた。 

東京ガス・笹山副社長は「来年冬の気温や中国景気は予想できず、楽観視できない」と発言
東京ガス・笹山副社長は「来年冬の気温や中国景気は予想できず、楽観視できない」と発言

「足元のマーケットはたまたま今冬はヨーロッパが暖冬でLNGスポット価格は緩んでいる。しかし、来年の冬の気温や中国の景気は予想できず、決して楽観視はできない」 

今年の冬は、ヨーロッパにおける暖冬の影響で、LNG価格は穏やかに推移していたものの、この気候が来年も続くとは限らず、むしろ想定しがたい。さらにはロシアによるウクライナ侵攻のような想定外の事態に備えて、内部留保を厚めに確保する方針を示した。 

日本でも今年の冬はまだ去年のような想定外の寒さは訪れていない。しかし、こうした状況に一喜一憂してはならず、足元のエネルギーをしっかりと確保しつつも、次の冬を見越して対応が急がれる。 

(フジテレビ経済部 経産省担当 秀総一郎) 

秀 総一郎
秀 総一郎

フジテレビ報道局経済部記者。経産省・公取委・エネルギー・商社業界担当。
1994年熊本県生まれ 幼少期をカナダで過ごす。
長崎大学卒業後、2018年フジテレビ入社。
東京五輪、デジタル庁担当を経て現職。

経済部
経済部

「経済部」は、「日本や世界の経済」を、多角的にウォッチする部。「生活者の目線」を忘れずに、政府の経済政策や企業の活動、株価や為替の動きなどを継続的に定点観測し、時に深堀りすることで、日本社会の「今」を「経済の視点」から浮き彫りにしていく役割を担っている。
世界的な課題となっている温室効果ガス削減をはじめ、AIや自動運転などをめぐる最先端テクノロジーの取材も続け、技術革新のうねりをカバー。
生産・販売・消費の現場で、タイムリーな話題を掘り下げて取材し、映像化に知恵を絞り、わかりやすく伝えていくのが経済部の目標。

財務省や総務省、経産省などの省庁や日銀・東京証券取引所のほか、金融機関、自動車をはじめとした製造業、流通・情報通信・外食など幅広い経済分野を取材している。