「気球問題」で延期になったアメリカ・ブリンケン国務長官の中国訪問は、実現していれば両国が関係改善、成功を強調するとの予想が各所で言われていた。中国の習近平国家主席にとっては2022年秋の党大会を経て3期目に入り、インドネシア・バリ島で行われたバイデン大統領との直接会談で良好な関係をアピールした後のステップである。「アメリカはブリンケン氏が習氏と会談できるとみていた」(外交筋)というから、双方が望む会談であったこと、中国も前のめりであったことは間違いないだろう。

アメリカで回収された気球の一部
アメリカで回収された気球の一部
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反発の中にも抑制的な中国

気球の問題が明るみに出たことでブリンケン氏の訪問は延期されたが、中国は反発しつつも反応は抑制的だ。気球が発見されたことに対しては「遺憾」を表明し、ブリンケン氏の訪問延期には「尊重する」と述べ、気球撃墜に対する対抗措置も、発動の可能性を示唆しつつ「留保」している。「中国が遺憾というのは、この問題が中国に不利なことをわかっているとうことだ」(外交筋)というように、中国がこのような表現をすることは異例だ。

中国外務省は”気球事件”の詳細を語らなかった
中国外務省は”気球事件”の詳細を語らなかった

中国外務省も記者会見で相次いだ質問に「民間の飛行船が制御を失って迷い込んだ、想定外の出来事」と繰り返すばかりで、ことの詳細は明らかにしていない。中国外務省はこの件について全く知らされていなかったという話も複数の関係者から聞かれた。外交の窓口に情報が入らず、同じ言葉を繰り返すしかなかったとすれば、まさに「遺憾」である。詳細が不明で、そのような言い方しか出来なかったという見方もある。

「アメリカは”気球事件”を騒ぎ立て、中国に圧力をかけている」(「環球時報」一面の見出し)
「アメリカは”気球事件”を騒ぎ立て、中国に圧力をかけている」(「環球時報」一面の見出し)

共産党系の新聞「環球時報」は2月4日の紙面で「アメリカは気球事件を騒ぎ立て、中国に圧力」という見出しが一面に掲載されたが、7日には「中米関係が試されている」という見出しも見られた。外務省のコメントも「誤解や信頼関係を損なうことは避けるべきだ」との部分が引用され、反発や批判は影を潜めている。

国内向けには強気の姿勢を示しつつ、今後の推移を見守る姿勢がみてとれる。アメリカ側も一定の冷静さは保っているようで、今のところ双方に事態をエスカレートさせる動きは見られない。

「米中が試されている」と反発を抑制した見出しも
「米中が試されている」と反発を抑制した見出しも

中国は“微笑み外交モード”

では今後の米中関係はどう推移していくのか。中国は、強硬な姿勢を見せる「戦狼外交」が知られているが、今回の一連の対応に見られるように「微笑み外交モード」(外交筋)が続いている。コロナ禍で落ち込んだ経済の立て直し、アメリカをはじめとする各国との安定的な関係を構築するため、当面はこの方針が続くとの見方が多い。

今の中国は”微笑み外交”!?
今の中国は”微笑み外交”!?

今後はドイツで行われるミュンヘン安全保障会議(2月17日~)、その後インドで予定されるG20外相会議(3月1日~)でハリス副大統領と王毅政治局委員、ブリンケン国務長官と秦剛外相がそれぞれ会談する可能性がある。双方の接触があれば今回の問題をどう総括し、話し合う環境を作り、さらなる対話、関係改善につなげられるかが焦点だ。台湾問題など、安全保障面では両国に温度差があるが、意思の疎通を継続し、協力できる分野は協力し、決定的な対立を避けたいという思惑は双方に見られる。

中国が日本に寄せる“期待”

それは日本との関係も例外ではない。中国の“ゼロコロナ崩壊”を受けた水際措置の応酬で不穏な空気も漂う中、2月2日に行われた日中外相電話会談で秦剛外相は「平和共存することが唯一の道だ」「(日中関係を)改善・発展させるべきだ」などと呼びかけた。

中国にとって経済回復は最優先課題だ
中国にとって経済回復は最優先課題だ

関係筋によると、2023年に入ってから天津市、江蘇省蘇州市など、日本企業が進出する地方都市の幹部が次々に日本を訪問した。目的は日本企業とのビジネス、投資への期待だ。中国こそ日本との人の往来を望んでいることの証左である。北京の日本大使館もこうした実態を把握し、日本に対するビザ発給停止が発表された際にも悲観する空気はなかったという。中国が自分の首を絞めるような措置は早晩解除されると見越して、日本の立場や考えを丁寧に説明していた模様だ。

試金石になる広島サミット

一方で中国は、広島サミットを見据えたG7の結束には神経を尖らせている。

”鷹化”は日本に安全をもたらすのか?と日本を揶揄する記事(「環球時報」より)
”鷹化”は日本に安全をもたらすのか?と日本を揶揄する記事(「環球時報」より)

年初に欧米を訪問した岸田首相には「タカ化」「安倍化」といった評価が中国の紙面に見られた。経済的なつながりは重視しつつ、安全保障を中心としたアメリカなどとの連携は警戒し、その動向を注視している。広島サミットの議長国として岸田首相がG7をどうまとめ、どのような発信をするかはその後の日中関係を占う試金石になるとみられる。

「岸田首相のG7・5カ国訪問は中国やロシアに向けたものか?」(「環球時報」の見出し)
「岸田首相のG7・5カ国訪問は中国やロシアに向けたものか?」(「環球時報」の見出し)

中国が”微笑み外交モード”でアメリカとの接近を模索する中、日本はどのように存在感を示し、主張すべきは主張し、実のある成果に繋げるのか。岸田首相は、中国の春節休みに一時帰国した垂駐中国大使や秋葉国家安全保障局長と50分近くにわたって会談した。難しい舵取りは今後も続く。

(FNN北京支局長 山崎文博)

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。