水道のない災害現場で水を作り出す装置、子どものプログラミング教育を支援するサービス、人手不足の農家を補助する収穫ロボット・・・いずれも魅力的な商品やサービスだが、実は共通点が一つある。単に売れるだけではなく「社会に役立つ」ということだ。
こうした、社会に役立ちつつ経済的な成功も目指す新興企業は「インパクトスタートアップ」と呼ばれる。2023年、要注目の存在だ。
「新しい資本主義」のエンジン
「2022年はスタートアップ創出元年」
岸田政権が掲げる「新しい資本主義」、その成長戦略の要にスタートアップが位置づけられている。過去最大規模の1兆円の予算が決定し、スタートアップへの投資を後押しする税制が来年度から始まる。

スタートアップとは、中小企業のうち、まだ存在しないビジネスをあらたに創出する、起業から間もない企業のことだ。現在、国内には約1万社ある。
政府は、将来、これを10万社に増やし、中でも「ユニコーン」(時価総額1000億円を超える企業)を現在の6社から100社に増やすことを目標に掲げる。
そのための支援策「スタートアップ育成5か年計画」が11月にまとめられた。この中でも注目されるのが、随所に現れる「インパクトスタートアップ」だ。
「社会的起業家」とも言われ、スタートアップの中でも社会問題を解決するような「インパクト(影響)」を与える企業のこと。具体的な領域は環境、医療や福祉、教育や子育て、農業など課題が山積する分野に及ぶ。

たとえば、「WOTA(ウォータ)」は、災害現場など水が使えない場所で、1度使った水の98%以上をその場で再生して循環利用できる「WOTA BOX」を提供している。東京大学発のスタートアップだ。

「ライフイズテック」は、中学生、高校生向けのプログラミング用の学習教材を提供している。累計導入校数は1位で、約50万人の中高生が利用している。

「AGRIST(アグリスト)」は、ピーマン自動収穫ロボットやAIを使って収穫量や害虫の予測をするシステムなどを手がける。
日本は少子高齢化などの課題を抱える「課題先進国」だ。
「日本だからこそインパクトスタートアップが成長する土壌がある」とクラウドファンディング仲介サービス「READYFOR(レディフォー)」の米良はるか代表は語る。

世界のインパクトスタートアップ市場は急成長を遂げている。世界では「インパクト・ユニコーン」が179社あり、うち4割がこの一年以内でユニコーンに化けている(2022年第1四半期時点)。
社会課題の解決をビジネスに
「僕らがなんのために働いているかって、次世代がもっといい社会、幸せな社会になるため」
10月14日、インパクトスタートアップの日本初の拠点とも言える「インパクトスタートアップ協会」が発足した。社会課題解決をビジネスに、と考えを共にした23社で立ち上げた。

発起人は2011年に23歳の若さでREADYFORを立ち上げた米良代表。READYFORのクラウドファンディングへの参加者は累計で110万人、金額は280億円に及ぶ。「新しい資本主義実現会議」に最年少メンバーとして参加し、政策立案にも携わる。

今回の協会設立の目的は主にスタートアップ同士の情報交換の場だ。
・インパクトの可視化(数値化など)のためのノウハウの共有
・投資家との関係づくり
・政府への提言づくり
・一般への周知
正会員になるための条件は、企業の存在意義に社会課題解決の意思が強く組み込まれていること、その活動を実際に行っていることなどだ。協会設立からほどなくして、約100社のスタートアップや大企業から、正会員や賛助会員登録の問い合わせがあったという。「反響が大きくてびっくりしている。早速、1月に新たに会員が増える予定だ」と協会の事務局は話す。
育つための土壌を
日本でのインパクトスタートアップの認知度はまだ低い。世界規模で見ると堅調に伸びているインパクト投資金額も、日本ではまだ1.3兆~5兆円越しか確認できない(推計)。

なぜ投資が伸びないのか。それは結果が出るのに時間がかかるからだ。一般のスタートアップは3~5年で利益を回収できるとされる中で、インパクトスタートアップは10年以上かかることもある。
また、どうやってインパクト(社会に与える影響)を評価するか、日本では制度が整っていない。アメリカでは「B Corp(ビーコープ)認証」という公益性の高い企業に対して国際的な認証制度がある。
認証制度について、ある政府関係者は「まずは、すでに経産省で推進するスタートアップ育成プログラム「J-STARTUP」をインパクトスタートアップにバージョンアップする形でやっていく方向だ」と明かす。これとは別に、「B Corp」を日本に誘致するか、日本でもこうした制度を立ち上げるか検討が進む。
2023年走り出す5か年計画
5か年計画では、起業を目指す若者を海外に派遣するプログラム、アメリカの大学を誘致して国際共同研究を進める「グローバルスタートアップキャンパス」構想など、スタートアップ支援のためのプロジェクトは約60にも及ぶ。
「コンセプトとしては渋沢栄一の『論語と算盤』と一緒」。インパクトスタートアップについて、保育園ITサービスを展開する「ユニファ」の星直人CFOはこう語る。論語=道徳、と、算盤=利益を追及する。社会課題の多さは成長の伸びしろでもある。

いよいよ2023年から5か年計画が具体的に走り出す。年明けには、インパクトスタートアップ支援のために「休眠預金」を活用する施策や、新たな法人格の検討などが始まる見通しだ。
(フジテレビ経済部 内閣府担当 井出光)