また、ひとり心臓移植を受けるために、重い心臓病の子どもが海を越えようとしている。五十嵐好乃(この)ちゃん・10歳。

突然の宣告「心臓移植が必要」

海外での心臓移植を待つ五十嵐好乃ちゃん(10)(家族撮影)
海外での心臓移植を待つ五十嵐好乃ちゃん(10)(家族撮影)
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2020年、小学校3年生の時、好乃ちゃんは、風邪のような症状が、なかなか治らず、病院に行くと、心臓の異常を指摘された。そして、去年5月、心臓を動かす筋肉が弱くなる難病・拡張型心筋症と診断された。その上で「心臓移植が必要」と告げられたという。

それまでは、健康に不安はなく、学校にも元気に通っていた好乃ちゃん。体を動かすことが大好きで、ダンスが得意な女の子だった。今は、病室で、補助人工心臓を装着し、コードで”繋がれる”毎日を送っている。

父・好秀さんは、「移植」という言葉に、当初、現実味が湧かなかったという。映画やドラマの世界で語られる言葉だと思っていたそうだ。「まさか、自分の子どもが、心臓移植が必要になるなんて。考えたこともなかった」。好秀さんは、そうつぶやいた。

今年の秋のある日、好乃ちゃんの両親を取材した。母親の瑞美さんは、毎日、病院に通っているという。今の状況を淡々とした口調で話す両親だが、日本国内で心臓のドナーを待つことに不安と戸惑いを隠せない様子だった。なぜなら、調べれば調べるほど、日本国内における、移植の厳しい現状を目の当たりにするからだ。

重い心臓病を患う前の好乃ちゃんは、ダンスが得意な元気な女の子だった
重い心臓病を患う前の好乃ちゃんは、ダンスが得意な元気な女の子だった

移植待ち1.5万人 ドナー70例

日本で脳死からの臓器提供が可能になったのは、25年前の1997年。当時の臓器移植法は、ドナーになる条件として、本人の生前の意思表示と家族の同意を必要とした。2010年7月には、法律が改正され、本人の意思が確認できなくても、家族の同意だけで臓器提供ができるようになった。

法改正により、15歳未満の子どもからの臓器提供も可能になり、ドナー数も少し増加した。しかし、日本で移植を希望しながら待機している患者は1万5668人(22年10月末時点)。これに対して年間のドナー数は70~90例にとどまる。

人口比でみると、移植先進国のアメリカやスペインが100万人あたり40人なのに対して、日本は0.62人。日本で移植が受けられる割合は約2%だ。さらに、子どもの場合、”サイズ”の関係で、子どもの心臓しか移植できないため、ドナーはさらに限られるという。生きている人から臓器の一部をもらう生体移植という選択肢も、もちろん心臓にはない。

”命の値段”5.4億円 国際ルールの”壁”も

病室での好乃ちゃんの様子(家族撮影)
病室での好乃ちゃんの様子(家族撮影)

こうした現状を知り、両親は、大きな決断をした。移植をうけるために、好乃ちゃんをアメリカに連れて行くというのだ。しかし、海外での移植には、いくつものハードルがある。

まずは渡航費用。海外での移植には、専用の航空機による渡航費と高額な医療費が必要となる。その額は5億4000万円。これまでも海外に希望を見出し、海を渡った患者を取材してきたが、これほど”高額”なケースはなかった。

海外での移植費用が高額になった一番の要因は、最近の急激な円安だ。アメリカの病院に払う前払金(デポジット)270万ドルだけみても、1ドル120円で換算すれば3億2400万だが、1ドル150円だと4億を超える。その他、家族の滞在費用などについても、まったく先が見えない。渡航したからといって、すぐにドナーが現れる確証はない。

そして、もうひとつのハードルが、渡航移植を原則禁止としたイスタンブール宣言だ。2008年に国際移植学会において採択されたルールで、倫理的な観点から、「自国の命は自国で救うべき」との提言が出された。

この宣言以降、移植のために海外に行きづらくなった上、自国以外の患者を受け入れてくれる海外の病院も以前より減ってしまったという。

好乃ちゃんの父・好秀さんは、記者会見で、「娘に希望を届けたい」と語った(14日 川崎市役所)
好乃ちゃんの父・好秀さんは、記者会見で、「娘に希望を届けたい」と語った(14日 川崎市役所)

イスタンブール宣言の影響も懸念されるが、まずは、渡航費用のメドが立つかどうか。好乃ちゃんの学校関係の仲間たちが、「救う会」を結成して、募金活動を開始した(名称は「このちゃんを救う会」)。14日に川崎市役所で記者会見を開いた好乃ちゃんの父・好秀さんは「為替の変動もあり、巨額なってしまったが、どうか娘に希望を届けたい」と話した。

「友達と遊んで、学校に行きたい」

オンライン取材で、好乃ちゃんは「友達と遊んだり、学校に行きたい」と涙ながらに語った
オンライン取材で、好乃ちゃんは「友達と遊んだり、学校に行きたい」と涙ながらに語った

「今、何がしたい?」。過去の取材で、好乃ちゃんに、そう問いかけたことがある。すると、「友達と遊んだり、学校に行って授業をうけたい」と涙ながらの答えが返ってきた。”普通”の子どもが、”普通”に手に入れることができる日常が、好乃ちゃんにはなかった。

好乃という名前には、「人に好かれるように、真っ直ぐ育って欲しい。好きな人、好きな事に、沢山出会えますように」との両親の願いがこめられている。好乃ちゃんの”将来の夢”は看護師になることだという。

日本には、世界でもトップレベルの移植手術の技術がある。しかし、なかなか、「自国の国民を自国で救う」ことができていないのも事実だ。内閣府の「移植医療に関する世論調査」(令和3年9月公表)によると、臓器移植に関心があると答えた人の割合は65.5%にのぼった。決して無関心な訳ではないのだ。

日本の臓器移植をめぐる現状について、好乃ちゃんの両親は「臓器を提供したい意思も、したくない意思も、どちらも等しく尊重される社会になってほしい」と訴えた。

「このちゃんを救う会」公式サイト:https://suku-kai.trio-japan.jp/hope-to-kono
移植についての情報はこちら:日本臓器移植ネットワーク (jotnw.or.jp)

(フジテレビ報道局・解説委員 木幡美子)

木幡美子
木幡美子

㈱フジテレビジョン 社会貢献推進局 兼 報道局解説委員 上智大学外国語学部卒 フジテレビにアナウンサーとして入社。主にニュース番組を担当し2011年にCSRの部署へ。2018年にSDGsをテーマにしたレギュラー番組「フューチャーランナーズ」を発案、現在放送中。内閣府・男女共同参画会議・女性に対する暴力に関する専門調査会や厚労省・厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会等の審議会委員も務める。