サッカーのW杯カタール大会が11月20日に開幕する。今回は初の中東開催にして、初のイスラム教国での開催だ。
カタールの法や秩序はイスラム教の教義に立脚しているところが大きく、西側諸国のそれらとは著しく異なる。カタールではたとえ未婚者同士であっても婚外交渉は違法であり、刑法で最長禁錮7年の刑と定められている。同性愛行為もこの婚外交渉の中に含まれている。
この記事の画像(4枚)懸念残るLGBTQへの対応
イスラム教は『コーラン』の章句に基づき、同性愛行為を禁忌としている。『コーラン』はイスラム教徒にとって、神の言葉そのものだ。神が禁じた行為を人間が許可することなどできるはずがない、というのがイスラム教徒にとっての信条であり、また「ふつうの感覚」でもある。
同性愛者であることを公表しているオーストラリア出身のサッカー選手、ジョシュ・カバッロは2021年11月、「カタールでは同性愛者が死刑になるという記事を何かで読んだ。だからとても怖いし、カタールに行きたいとは思わない」と述べ、波紋を呼んだ。カタール大会組織委員会のナーセル・ハテルCEOはCNNとのインタビューで、カタールは国籍、人種、宗教、性的指向に関係なく、すべてのファンを歓迎すると断言し、懸念の払拭を図った。
しかし2022年5月には、カタールの一部のホテルが同性愛カップルの宿泊を拒否する旨が報じられた。大会開催まで1カ月を切った10月には、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)が、カタール当局は国内でLGBTQの人々を恣意的に拘束、虐待していると告発し、2019年から2022年にかけてトランスジェンダーの女性4人、バイセクシュアルの女性1人、ゲイの男性1人が、警察に拘束され血が出るまで殴打されたり蹴られられたりしたケースについて報告した。
証言者の一人であるカタール人トランスジェンダー女性は、モロッコ人のレズビアン2人、フィリピン人のゲイ4人、ネパール人のゲイ1人と、他にも多くのLGBTが拘束されているのを見たと述べている。一方カタール政府関係者は「明確に虚偽の情報が含まれている」とする声明を出し、HRWの報告に反発した。
「すべての人を歓迎するが、文化の尊重を」
カタールの公式な立場と矛盾する、反LGBT感情を露呈する個人も少なくない。
ハテルCEOは2020年12月、LGBTQ支持を表すレインボーフラッグに関して「FIFAのガイドラインに従う」と述べ、その掲揚を認める意向を表明したものの、2022年10月、カタールの国会議員ナーセル・クバイシー氏は「カタールの憲法と法律は、同性愛者が旗を掲げたり、逸脱した考えを広めたりすることを認めない。カタール国民の代表として、またその価値観を表現する者として、私は我が国における道徳的劣化の旗を掲げることを認めない」とツイートした。
カタール人作家のサルワ・ムッラー氏もカタール紙「シャルク」で、「私たちはイスラム法に反するものを拒否する」と宣言した。
カタールには100万人を超えるサッカーファンが集まると見られている。カタール当局は公式に宣言している通り、LGBTQをはじめとするあらゆる性的指向のサッカーファンを歓迎するだろう。しかしそれはあくまでも「部外者」に対する例外的措置だ。
このままではW杯は、カタール国内でカタール人LGBTQが権利を獲得する契機にすらならないまま開催され、幕を閉じることになるだろう。しかしカタールにはカタールの文化がある。
カタールのタミーム首長は5月、「我々はすべての人を歓迎するが、同時に我々の文化を尊重してくれることを期待し、望んでいる」と述べた。
性的指向を理由に差別されたり、罰せられたりすることがあってはならないという理念に、普遍性はない。それはカタールのようなイスラム教国にとっては、「西側の価値観の押し付け」と映ることを、我々は知っておく必要がある。