一夜にして法解釈を変更

最近、岸田首相が野党の提案を次から次に丸呑みして話題になっている。10/19の参院予算委の冒頭、旧統一教会に対する解散命令請求の要件に「民法の不法行為も含まれる」と述べて、たった一日で法解釈を変更したのにはちょっと驚いた。

参院予算委で前日の答弁を修正した岸田首相(19日)
参院予算委で前日の答弁を修正した岸田首相(19日)
この記事の画像(6枚)

そもそも野党の立憲民主党は、今国会の最大の焦点として、教団への解散命令を政府に請求させることを挙げていた。それに対し首相は衆院予算委の直前に請求の最初の段階である、政府の教団への「質問権への行使」を明言し、立憲の機先を制した。

立憲は衆院予算委初日の17日こそ混乱しているように見えたが、翌18日は立て直し、長妻政調会長が「民法の不法行為を認めないと3-5年かかる。本気度が問われる」と厳しく批判していた。そしてその夜に官邸に動きがあって結局「民法も含まれる」と法解釈を変更し、首相が19日の答弁で修正した。

衆院予算委で質問する立憲民主党・長妻政調会長(18日)
衆院予算委で質問する立憲民主党・長妻政調会長(18日)

自民が野党の政策や法案を丸呑みしたり、あるいはパクったりするのは今に始まった事ではないが、この手の「自民だったらやらないだろうな」という野党の政策案に乗るのは珍しい。

驚いたことに自民が丸呑みしたのはこれだけではなかった。立憲は維新、社民と共に「悪質献金被害救済法案」を、また維新、共産、社民と「通園バス置き去り防止法案」を国会に提出したのだが、自民はこの2つにも乗った。

これは一体どういうことなのか。もちろん政権交代を前提とした2大政党(勢力)制の政治システムでは与野党が法案の修正協議をするのが当たり前なのだが、日本では野党が分裂して弱体化したため、安倍政権下ではそのような事はほぼなかった。

自民は弱いから丸呑みするのか

安倍氏亡き後の自民は弱いから岸田首相は野党案を丸呑みせざるを得ないのか。だがどうもそうではないような気がするのだ。

岸田政権は今年中に日本の安全保障戦略をまとめることになっているのだが、実はこれはもう専門家同士の話し合いは事実上終わっている。与党協議はやっているが、基本的に安倍政権が作った枠組みから大きく逸脱したものになはならないというのが「業界」では常識だ。しかもこれは閣議決定されるので、野党には文句をつける機会もない。

また安保に並ぶもう一つの重要課題であるエネルギーについて、岸田首相は8月に原発の新増設などを指示。これを受けて経産省は原子力規制委に原発の運転期間「40年制限」の撤廃の必要性を説明し、規制委はこれを容認したと見られており、今後法改正されることになる。

つまり野党が旧統一教会問題に集中するスキを突いて、首相は着々と重要課題を前に進めているのだ。

実は教団への解散命令の請求はかなりハードルが高い。却下を恐れる官僚は請求に及び腰になるだろうが、そこを政治判断で請求できるかは微妙だ。

教団への解散命令の請求はかなりハードルが高い…
教団への解散命令の請求はかなりハードルが高い…

また野党の出した「悪質献金被害救済法案」は被害者の家族が本人に代わって返金を申し出ることができる、というのがミソなのだが、憲法で保障されている財産権に関わるので、法律に書き込むのは無理ではないかという声が専門家からも出ている。

どちらも政権は野党に押されて動き出したものの、やはり宗教に関わる問題は政治家の思い通りにすんなり進むものではないだろう。

首相は余裕なのか鈍感なのか

内閣支持率は続落し、時事通信の世論調査では27.4%で、発足以来初めて政権維持の「危険水域」と言われる20%台に落ち込んだ。これを気にしているのかいないのか、首相は予算委の初日が終わった夜に参院幹部とお酒を飲みに行った。

FNN世論調査でも岸田内閣の支持率は発足以来最低を更新した(10月15・16日実施)
FNN世論調査でも岸田内閣の支持率は発足以来最低を更新した(10月15・16日実施)

飲み会の後に出席者の一人が「野党はだらしない」と発言、「通り一遍の予算委で瀬戸際大臣(山際氏のこと)のクビを取れるのか」とも語り、しかも岸田首相らとそういう話をしたと報道で伝えられた。

このニュースを見た時、「岸田さん、なかなかやるな」と感心したのだが、当然大問題となり、発言者は謝罪して撤回、首相も「その話は出なかった」と全面否定した。だが僕の脳内ではあれ以来、首相が「いやあ、野党はだらしないよ」言いながら嬉しそうに酒を飲んでいるシーンが繰り返し流れている。

予算委の夜に酒を飲みに行くのは余裕なのか鈍感なのかわからない。そんな暇あったら答弁の調整でもしろ!と叱咤する人もいる。ただ一つ言えることは衆参合わせて4日間の予算委は「首相の野党案丸呑み」以外は波乱もなく淡々と終わった。答弁する首相も「つらそう」には見えなかったし、野党がクビを狙う、山際、寺田、秋葉の3閣僚についても辞任への決め手になる話は出なかった。

旧統一教会との接点について野党から追及を受ける山際経済再生相(19日)
旧統一教会との接点について野党から追及を受ける山際経済再生相(19日)

むしろ野党の追及は週刊誌報道の受け売りが目立ったし、打越さく良という立憲の議員が山際氏に「旧統一教会の信者か」と聞いて、山際氏が「信者ではない」と答えるというトンデモ質疑も行われた。これについては信教の自由に反するものであり、打越氏は議員辞職すべきだとの声も出ている。

支持率が下げ止まらないと、岸田政権はさらなる譲歩を迫られる。閣僚のクビを差し出すこともあるだろう。ただ次の選挙は半年後の統一地方選であり、国政選挙は3年後だ。だから岸田氏はまだお酒を飲む余裕があるのかもしれない。

【執筆:フジテレビ 上席解説委員 平井文夫】

記事 319 平井文夫

言わねばならぬことを言う。神は細部に宿る。
フジテレビ報道局上席解説委員。2020年4月から立命館大学客員教授。1959年長崎市生まれ。82年フジテレビ入社。ワシントン特派員、編集長、政治部長、専任局長、「新報道2001」キャスター等を経て現職。