「裏の裏の裏」を読み解く
ウクライナ軍の東部戦線での電撃的な反転攻勢の成功の陰には、諜報部隊の巧みな偽情報作戦があったことが分かってきた。
ウクライナのゼレンスキー大統領は9月12日、紛争200日に当たって国民への談話を発表し、陸海空各軍の活躍に謝意を表した中で、特にウクライナの諜報部隊の活躍に触れ、異例にも部隊名まであげて次のように感謝した。
この記事の画像(7枚)「我々の諜報部隊こそ誇るべき存在です。作戦上の理由から、彼らの名前や顔を知るものはほとんどいません。彼らの作戦は通常ニュースになることはありませんが、軍事科学の教科書には間違いなく記されるでしょう。彼らの成功は、多くの場合私たちは気づきませんが、敵にとっては明らかに苦痛な存在なのです。最近では諜報部隊の存在が明らかになることがありました。ウクライナの軍事情報部の第131独立偵察大隊です。感謝しています。部隊の全員に感謝です。ウクライナの諜報部隊と全ての諜報員、常に我々の目となり、耳となり、足となって行動してくれていることに感謝です。そして我々は勝ちます」
これは、その直前に展開されたウクライナ軍の東部戦線での反転攻勢の成功が諜報機関に負うことが多いことをゼレンスキー大統領の談話は示唆したものと受けとられている。
ロシアを騙すための“大攻勢”
その情報作戦の詳細は公表されてはいないが、英紙「ザ・ガーディアン」電子版は9月10日「ウクライナの南部戦線での攻勢はロシアを騙すためのものだった」と作戦の一部を明らかにした。
それによると、まずウクライナ軍南部軍司令部はかねて噂されていた南部の要衝ヘルソンに対する大攻勢がはじまったと宣言した。しかしヘルソン付近では小競り合い程度の衝突が起きただけで、大攻勢をうかがわせる動きはなかった。
その後二週間、ウクライナ軍はヘルソン付近の小さな村落のいくつかをロシア軍から奪取した。「進撃」とはほど遠いものだっが、ウクライナ軍はここで偽情報作戦を展開した。
ウクライナ軍情報部はこの地方への一般のマスコミの取材を禁止する一方で、軍と協力する取材陣がこの地方でウクライナ側が大きな勝利を収めているという偽情報を拡散させ、日本でも「ウクライナ軍反撃開始」と伝えられた。
実はこの頃ヘルソンでは、地域をロシアに編入させるかどうか住民投票が行われる予定だったがこの偽情報に驚いた地元当局は住民投票を延期すると発表し、これで偽情報が信憑化されることになったようだ。
ロシア軍もこの偽情報に対処するため、東部戦線の兵力を南部に移動させ北東部の要衝ハルキウなどの防衛が手薄にならざるを得なかった。
地元民装うロシアスパイに偽情報
ウクライナ軍はそれを狙って本来の大攻勢を仕掛ける作戦で、ハルキウ付近の部隊に米国製の最新兵器を供与して待機させたが、ここでも諜報部隊が活躍したようだ。
ウクライナ側が大規模な作戦を準備しているという情報がロシア側に漏れないように徹底的に情報統制すると共に、地元民を装っているロシアのスパイに「ウクライナ軍は攻撃の準備ができていない」という偽情報をつかませてロシア側に伝えさせていたという。
こうして10日ウクライナ軍が東部戦線に攻勢を開始すると、不意をつかれたロシア軍はほとんど抵抗しないまま逃走し、ウクライナ軍は1日に50kmという類を見ない進撃を果たしたのだった。
「あれは特別な偽情報作戦だった」
「ザ・ガーディアン」紙の記事はウクライナ軍の広報担当者のこういうコメントを紹介しているが、その主役こそが第131独立偵察大隊だったのだろう。
そこで気になるのがウクライナ軍の諜報部隊のその後の動きだ。産経新聞電子版15日の記事が注目された。
「ウクライナは南部での反攻を機密とし、進展の詳細は即座に公表しない方針。ただ、同国軍高官は12日、領土500平方キロメートルを奪取したと明らかにしている」
やはり同紙電子版14日には、ロシア軍が南部の要衝メリトポリ市を放棄してクリミア半島へ向けて逃走を始めたとメリトポリ市長がSNSで伝えたとも報じているが、それ以上に南部戦線の詳細は明らかにされていない。
イジューム電撃訪問に裏の意図?
この間、東部ではゼレンスキー大統領が反撃の成功を祝ってイジュームなどを訪れたことが大体的に喧伝されたが、その隙に南部でウクライナ軍が密かにクリミア半島に迫っているのかもしれない。
ウクライナ軍をめぐる情報は「裏の裏の裏」までを読み解く必要がありそうだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】