自らの戦争体験を書き残し、子供たちに語り継ぐ活動を続けている男性が静岡市にいる。元教師の経験から、小学生に戦争を伝えることの難しさは実感しているが、88歳の今も書くことをやめない。戦争を二度と起こしてほしくないからだ。

2000人以上が犠牲 静岡空襲の記憶

1945年6月19日。 太平洋戦争が激しさを増す中、静岡市はアメリカ軍の爆撃機B29による空襲を受けた。一夜にして2000人以上が犠牲となった。

静岡空襲(1945年6月19日)
静岡空襲(1945年6月19日)
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あの夜の記憶を語ってくれたのは、池ヶ谷春雄さん(88)。

池ヶ谷春雄さん
アメリカの飛行機が静岡の街の上をグルグル回ってるわけでしょ

当時11歳で、空襲当日の夜は家族とともに静岡市の自宅にいた。近くの市街地には火災を引き起こす焼夷弾が降り注ぎ、家族で河原に逃げたそうだ。その経路をたどってもらった。

池ヶ谷春雄さん
このままでは焼け死んでしまうということで、大衆の流れと一緒にこの通りに出た

安倍川に向かう大通り
安倍川に向かう大通り

大通りに出て人混みの中を走り、安倍川を目指した。春雄さんに歩いてもらったこの道も、空襲の夜は土手を登る人でいっぱいだったという。

池ヶ谷春雄さん
マラソン大会みたいな感じで、大勢の人が同じ方向に向かって同じ目的でひたすら逃げた

焼夷弾で街中に炎…自宅も消失

焼夷弾から逃げることに必死だった当時の様子が鮮明に思い出される。

池ヶ谷春雄さん
振り返ると全部火なんですよ。火のかたまりというか、街中が炎でいっぱい

春雄さんの家族がたどり着いた、安倍川の河川敷にきた。

池ヶ谷春雄さん
(昔に比べて)木が増えてきてよくなったね。種がこぼれるだね

静岡空襲で避難した安倍川
静岡空襲で避難した安倍川

あの夜は橋の下から河原まで人であふれていたという。春雄さんたちは、ここからまた対岸の母親の実家を目指し、夜の川を歩いて渡った。

池ヶ谷春雄さん
何も考えてる暇ないですよ、とにかくひたすら向こう岸に行って

空襲で焼けた自宅前で
空襲で焼けた自宅前で

春雄さん一家は空襲から2日後に自宅に戻ったが、家は焼けてなくなっていた。

教師になり子供に戦争体験を伝える

終戦後も学生時代を静岡市で過ごし、小中学校の国語の教師となった春雄さん。教師として子供たちに自身の体験を伝えてきたほか、今でも地元の交流館で戦争の語り部をしている。

教師時代の池ヶ谷さん
教師時代の池ヶ谷さん

池ヶ谷春雄さん
尋常じゃないことでしょ、すべて。一夜にして焼けてしまった、何もなくなってしまったというのは。呆然とするわね。二度と起きてもらいたくない

友人を失った実話を本に

春雄さんは40代の時に、静岡空襲に関する本を書いた。題名は「猛ちゃんは帰らない」。静岡空襲によって「猛ちゃん」という友達を失った実話をもとにしている。

~「猛ちゃんは帰らない」より~
戦争は日に日にはげしさをましていった。昼の十二時ころになると「ウウーン。」とものすごいサイレンが鳴る。警戒けいほうのあいずだ

池ヶ谷さん作「猛ちゃんは帰らない」
池ヶ谷さん作「猛ちゃんは帰らない」

空襲のあった夜、春雄さんが目にした光景や聞いた音が春雄さん自身の言葉で描写されている。

日頃から「書くこと」を大切にしているという春雄さん。日々の出来事や自分の感情を忘れないよう、毎日、日記もつけている。書いた文章は、子供たちに戦争体験を語る場でも使っている。

2021年の講演会
2021年の講演会

池ヶ谷春雄さん
いつでも書きたくなる。書けないけど、書き残したいと思う。やっぱり形になってないとだめでしょ

時々、パソコンも使うという春雄さん。

2022年8月に記した作品
2022年8月に記した作品

2022年の8月1日には「終戦の日」の記憶をつづった。昭和天皇が戦争の終結を告げる玉音放送が流れた時の大人たちの様子、小学生の自分が感じたことを思い出して書いた。

多くの子供たちに戦争とは何かを知ってほしい一方で、戦争を知らない世代との間に壁を感じることもあるという。

池ヶ谷春雄さん
プリントアウトしたものを僕が読んで聞かせたんですよ。ゆみちゃんという子だったかな、「あまりに刺激が強くて眠れなくなった」と言うんです。僕は本当にショックだった。戦争を小学生に教えるのは難しいなと、つくづく思いました

池ヶ谷さん:戦争を小学生に教えるのは難しい
池ヶ谷さん:戦争を小学生に教えるのは難しい

妻も感じる“語り継ぐ難しさ”

春雄さんの妻・亘枝(のぶえ)さんは86歳で、小学生の時に掛川市で空襲を体験した。

池ヶ谷亘枝さん
戦争は、今の子供に絶対あってはならないことですよね

池ヶ谷さんと妻・亘枝さん
池ヶ谷さんと妻・亘枝さん

亘枝さんも戦争を語り継ぐうえでの難しさを感じている。

池ヶ谷亘枝さん
できるだけ機会をみては、子供たちに戦争の時のすさまじさを話してきたつもりですけど、なかなか染みわたっていかない部分もありますね。自分たちが全くわからない経験ですからね

終戦から77年が経ち、戦争を知らない世代が増えている。それでも春雄さんは戦争体験を伝えるため書くことを続ける。

池ヶ谷春雄さん
最低限、僕ができることがこういうこと(書くこと)なんだよね。(音や映像の方がわかり易いかもしれないけど)僕は鉛筆削りしかわからないから、こうやって書くしかないわけね。それが精一杯で、それでもいいかと思う

池ヶ谷春雄さん
池ヶ谷春雄さん

戦争を体験した春雄さんの思いは文字として形に残ることで、少しずつかもしれないが、これからも子供たちの心に伝わっていくはずだ。

(テレビ静岡)