人生の苦境に立たされた時、どのように立ち向かうのか。
これまで「一番苦しい時に出る姿こそ、本当の自分」と教え子に言い続けてきた高校教師が、前を向いて運命と闘い、その生き様を伝えようと歩みを進めている。
突然のガン宣告
この記事の画像(22枚)静岡県牧之原市に住む榛葉達也(しんば・たつや)さん(31)。
はつらつとした姿の裏側に、過酷な現実を背負っていることをどれくらいの人が想像できるだろうか。
2022年2月、榛葉さんはガンを患っていることを告げられた。それも、治癒が困難といわれるステージ4のスキルス胃がんだ。
榛葉達也さん:
8回目の抗がん剤治療が始まりました。3時間頑張ります
既に手術できる状態になく、宣告された余命は治療した場合でも1年あまり。
榛葉達也さん:
いま点滴始まって約1時間20分経ちました。最初の30分はオプジーボという免疫療法の薬。その後に15分間食塩水を流して、その後15分間吐き気止めを流しました。
いまからエルプラットという2時間の抗がん剤を点滴します。この薬が、一番痛みがあって大変なんですけど、あと2時間頑張ります
余命宣告を受けた時、榛葉さんは、その場で「1年あってよかった」と医師に伝えたという。
榛葉達也さん:
自分がやってきたことから1年間というものに凄く可能性を感じていたので、1年間ならいろいろ出来るという気持ちはあったんですけど、あと半分は正直(一緒にいた)父親や家族を心配させないように、暗い顔をしないように、取り繕った姿だった
剣道に励み、目標の教師に 自分にも生徒にも厳しく
幼い頃から剣道に打ち込んできた榛葉さん。榛原高校時代には、キャプテンとして、チームを13年ぶりのインターハイに導いた。
より高いレベルで剣道をするため、そして目標としていた教員免許を取得するため、筑波大学に進学。
卒業後は吉原工業高校の体育の教師として、そして剣道部の顧問として、8年間生徒たちと向き合ってきた。
榛葉達也さん:
凄く厳しいことも言ったし厳しい指導もかなりしたので、その代わり自分にも厳しくしようというのはありました。自分にも厳しくする分、生徒にもすごく厳しい先生だったのかなと思います
後悔はあるが前を向き…“恨みや怒りに向ける時間がもったいない”
最初に体の異変を感じたのは2021年の春先。胸やけのような症状を覚え、さらに夏頃には胃に強い痛みが出たため、勤務先近くの病院へ。
冗談混じりに「胃ガンではないか?」と尋ねたが直近の健康診断は良好で、持病もないことなどから、医師には「その可能性は極めて低い」と言われ、精密検査を受けることも、病院に行くこともなかった。
榛葉達也さん:
仕事に穴を開けたくないとか、部活動を少しでも見たいとか、そういう気持ちを優先して、病院に行かなかったことは少し後悔しています。
(医師に対する)恨みや怒りはほとんど無くて、少しそういうことが頭をよぎったこともあったんですけど、そこにパワーを向けている時間自体がもったいない
結婚してまもなく4年。ガンが発覚してからは仕事を休職し、家族の支えの中で、治療に当たっている。
榛葉達也さん:
自由にやっていいと言ってくれる妻なので、ストレスなく生活が今できているのは妻のおかげというか、理解があるからかなと
妻・美咲さん:
普通の人の感覚ではないと思いました。余命を宣告されてすぐに職場に走って行ってしまうとか。自分がいなくなった後のことを淡々としゃべるから、誰の話をしているのだろうとこっちが思ったりしました
生きた証を残すため…与えられた環境の中で「必ずできることがある」
まだ2歳の娘が大きくなった時、そこに自分はいないかもしれない。それでも父親として、ガンを克服しようと最後まで闘った証を残したい。
また、多くの人にガンの実態を知ってもらいたいと思い、YouTubeを使った情報発信を始めた。
榛葉さんのYouTube「俺の日常【仮】」より:
(胃が)痛くなりそうな時間帯になる前に、夜は寝るという形で、上手に痛みというか、ガンの症状と付き合いながら生活できるようになったというのがここ1カ月を過ごしての感想です
自身の病状や治療の状況、投薬後の体の具合などを、赤裸々に明かしている。
榛葉達也さん:
キチンとしている妻なのでまったく不安はないですが、それでも自分が父親としてどういう風にしていたかということは娘に知って欲しいので、そういう気持ちが大きくて始めました
さらにもう1つ、新たに始めた取り組みが、自身の経験や闘病で感じたことを話す講演会だ。
榛葉さんの恩師・柳澤義浩先生:
一人でもたくさんの人が、達也の講演から何かを得たり、やる気になったり、今までと違う思いをしてくれて、前向きになってくれるようなそんな人が、一人でも増えたらいいなと思います
この日は恩師に誘われて、母校の剣道部の保護者や卒業生などを前に、話をする機会を得た。
榛葉達也さん:
生徒に、とにかく与えられた環境の中で最善を考えなさいということを常に言ってきました。変えられない環境や状況のせいにするなと。そういう物のせいにして努力したり、挑戦することから逃げるんじゃないって。そういうことをずっと言ってきました。本当に与えられた環境はなかなか変えられない。だけどその中で必ずできることがある
伝えたいのは、いかなる厳しい現実からも目を背けずに、自分らしく生きることの大切さだ。
榛葉達也さん:
今の病気もそう。簡単に治ればいいが簡単に治るものではないので、そこを後悔したり、「何で俺がなったんだ」と思っている時間こそ無駄だなと。今この体とか制限された状況で、自分が出来る最高を常に考えなければいけない
そしてもう一つ、「可能性が極めて低い」と言われながらも末期ガンと宣告された自分だからこそ伝えられる、確率がゼロでない限り、諦めることなく努力し続けることの重要性だ。
今は前だけを見据え
榛葉達也さん:
自分の健康には自信があったので、ガンの宣告はショックもありましたけど、一番驚きが大きかった。少ない確率でも起こり得るということを私が言うことで、凄く説得力のある言葉になるのではないか
半年前、ある種の諦めと覚悟を決めた、余命宣告。しかしガンと向き合うことで、多くのことを考え、気づかされたと榛葉さんは話す。
いまは統計上の生存率や、1年という区切りに縛られることなく、前だけを見据えている。
(テレビ静岡)