絵に描いたような豪邸のお嬢様

「ハロー、エブリワン。私はソンア、平壌に住む11歳です」

流ちょうな英語でカメラに向かって語りかける北朝鮮の少女は、小学5年生でソンアと名乗っている。撮影場所はソンアの部屋と見られ、本棚には人形やぬいぐるみが置かれている。

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ソンアは4月下旬に最初の動画をユーチューブに投稿し、これまでに6本の動画をアップした。いずれも2分から4分程度の長さで、ソンアの平壌での暮らしを英語の字幕つきで紹介するものだ。

ソンアは幼いころから母親に英語を習ったため、英語での会話に不自由はないと話す。愛読書はイギリスの作家、J・K・ローリングのファンタジー小説「ハリー・ポッター」だといい、中国で出版されたとみられる漢字入りのハリー・ポッター本を手に取って見せた。

6月に投稿された2度目の動画でソンアは、39度の発熱により寝込み、隔離生活を余儀なくされたことを明らかにした。

「1週間前、体温が39度に上がって寝込みました。翌日はさらに深刻な状況になり、お母さんも倒れてしまった。薬も無くなって、とても心配でした」

39度の熱が出たと話すソンア
39度の熱が出たと話すソンア

北朝鮮では個人でのYouTube閲覧投稿は禁止…

北朝鮮では4月末に新型コロナウイルスの感染が初めて確認され、7月31日までに477万2813人の発熱者が発生したとされる。北朝鮮は最大非常防疫体系への移行を決定し、金正恩総書記の指示のもと、軍を動員して住民の診療や医薬品の配布にあたった。

ソンアの自宅にも軍医が薬を持って訪れ、診察してくれたといい、3〜4日後には症状が治まったと説明している。この間、北朝鮮メディアは医療奉仕や、薬の配布にあたる軍の活動を連日にわたって宣伝し、住民の間に動揺が広がらないよう大々的なプロパガンダを展開した。

ソンアも動画の中で友達や住民から差し入れをもらい、住民同士が助け合って危機を乗り切ったと強調しており、北朝鮮のプロパガンダに沿った内容となっている。

薬品を携え、ソンアの自宅を訪れた軍医
薬品を携え、ソンアの自宅を訪れた軍医

発熱から回復したソンアはその後も、玉柳児童病院露店のかき氷屋内プール場など平壌の名所を次々に紹介していく。

友人とかき氷を食べるソンア。トマトも入っている
友人とかき氷を食べるソンア。トマトも入っている

ソンアの動画は「Sary Voilne」という個人名で登録され、ソンアが個人的に動画を投稿している形を取っているが、北朝鮮の新たなプロパガンダ手段であることは一目瞭然だ。そもそも、北朝鮮では個人が海外のインターネットサイトに接続することは禁じられており、実際は朝鮮労働党の宣伝扇動部が制作していると見られている。

平壌の大型室内プール場(紋繡水遊び場)を紹介。英語にハングルの字幕を追加
平壌の大型室内プール場(紋繡水遊び場)を紹介。英語にハングルの字幕を追加

ソンアは北朝鮮の超エリート一家の一員

では、11歳で英語ペラペラ、平壌の高級マンションで暮らすソンアとは、一体どんな人物なのか?

北朝鮮の元外交官で韓国に亡命し、現在は与党・国民の力所属の国会議員、太永浩(テ・ヨンホ)氏は、ソンアの父親がロンドンの北朝鮮大使館で働いていたリ・ジュンソクという外交官の娘だと指摘している。太永浩氏が公使としてロンドンの北朝鮮大使館に駐在していた当時、ソンアも父親と共に大使館にいたという。ソンアの英語がブリティッシュイングリッシュの発音なのはそのためとみられる。

北朝鮮分析サイト・NKニュースはソンアの曽祖父が、金正恩総書記の祖父、金日成主席と抗日パルチザン活動を共にした故・李乙雪(リ・ウルソル)元帥であると報じた。ソンアの祖母は李乙雪の娘、母は孫にあたるという。2015年に肺炎でなくなった李乙雪元帥の葬儀は国葬となり、金正恩総書記(当時は第一書記)も参列した。ソンアの祖父パク・ミョングク外務次官とされ、ソンアは北朝鮮の超エリート一家の一員であることがわかる。

ソンアの祖母(右端)は名門パルチザン家系の出身。ソンアの自宅も豪華
ソンアの祖母(右端)は名門パルチザン家系の出身。ソンアの自宅も豪華

北朝鮮はこれまでも対外宣伝サイトの「我が民族同士」や「朝鮮の今日」などのユーチューブチャンネルを通じて、プロパガンダ動画を掲載してきた。また、2018年ごろからは、20代の女性が英語で北朝鮮の日常生活を紹介する、体制宣伝色をやや薄めたソフトなプロパガンダが登場するようになった。

しかし、ユーチューブ側は規約違反を理由に、北朝鮮のプロパガンダサイトのアカウントを相次いで停止した。韓国メディアは、北朝鮮当局がアカウントの停止を免れるために「キッズユーチューバー」を登場させたと指摘している。

【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。