全国的に過疎化が進み、限界集落も増え、2040年には日本の自治体の半数が消滅する可能性があるとも言われている。

そんな中、「過疎発祥の地」とも呼ばれる島根県益田市が奮闘を続けている。かつては「魅力がない」と住民が口々にしていたこの町は、高出生率を維持しつつ、Iターン・Uターンで多くの若者が移住してくるようになった。

ここでは、町おこしの起点となっている「益田版カタリ場」をはじめ同市のさまざまな活動を取材・紹介する。地方創生のヒントがここにあるかもしれない。

(取材・文:正木伸城)

地域活性化の文脈でよく聞かれる「ひとづくり」という話に実をもたらす

「僕が幼いころは、『益田ってどんなところ?』と聞いたら、大人は『何もないよ』と答えていました。それが大人の口癖でした」

益田市出身の現代アーティスト・野村康生さんはそう語る。彼は1979年の生まれ。ここ40年で、町は様相を新たにしたという。同市の匹見町は「過疎発祥の地」と呼ばれ、全国に先駆けて過疎化が問題視され、「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法(過疎法)」が制定された際に典型的な過疎自治体として注目された。そんな同市がなぜ息を吹き返しているのか?

肝となっているのは、「益田版カタリ場」と呼ばれる市民の交流イベントだ。そもそもこの地には地方創生の流れに二段階があった。一つは1999年ごろから始まった「地域で子どもを育てる」町づくりの流れ。二つめは2015年に戦略として練られた「ひとづくり」の流れだ。その成果もあって、益田市は全国トップクラスの合計特殊出生率を誇る島根県の県下市でも高い出生率を維持している。

しかし、「子どもを育てる」「ひとづくり」と言っても、それらは地域活性の話題でしばしば耳にする語でもある。実際にそれらを実施して、地域創生がうまく行っていない自治体も多い。成否の分かれ目はどこにあるのか。益田市教育委員会・協働のひとづくり推進課の大畑伸幸さんに聞くと、こう答えが返ってきた。

大畑伸幸さんは、誰もが認める益田市町おこしのキーパーソン
大畑伸幸さんは、誰もが認める益田市町おこしのキーパーソン
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「確かに『ひとづくり』というワードはよく聞きます。ですが、多くの地域には『どのようにすれば人は育つのか』の“具体”がありませんでした。人を育成するノウハウがなかったんです。私はそこに課題感を持って、『ひとづくり』の現実化を追求しました」

人を育てる具体策は対話。その実践法を認定NPO法人カタリバから学ぶ

具体策として大畑さんが着目したのが「対話」である。だが、大畑さんの追求はここで終わらない。ただ漫然と対話を始めるのではなく、「どう対話をすれば効果があるのか」という問いを追った。

彼が目をつけたのは、対話による教育支援活動を展開している認定NPO法人カタリバだ。同法人の協力を得て、益田市は対話イベントを開催。そこで対話のノウハウを吸収し、「益田版カタリ場」を創設した。

「益田版カタリ場」での語らいの様子
「益田版カタリ場」での語らいの様子

「益田の大人が、対話を通じて子どものメンターになっていくんです。地域には、魅力ある大人がいます。カタリ場を始めるまでは、その魅力を知らずに子どもが県外へ出ていくことが多かった。今はこの町の魅力を知った上で若者が県外に出て、『やりたいこと』を見つけて益田に帰ってくる人が増えました。カタリ場で大人と子どもが対話をすることで、新たなつながりが生まれ、それが地域活性化に寄与しています」(大畑さん)

Iターン・Uターンで戻ってくる若者は確実に増えている。たとえば駅前商店会。100店舗が店を構えているが、そのうち24店舗が帰ってきた若者によって経営されている。試みにIターンの若者の声を聞いた。

「益田の魅力に心打たれました。私の夫は都会で通勤電車に揺られる日々を送っていましたが、それに疲れて移住してきたんです。ここで居抜き物件を紹介してもらって、飲食店を始めることができました。手つかずの自然も残るこの地で、生き方が豊かになったと思います」

豊かな自然にめぐまれた益田市の海。そして赤瓦・石州瓦の屋根が特徴的な家屋
豊かな自然にめぐまれた益田市の海。そして赤瓦・石州瓦の屋根が特徴的な家屋

だが、あまたある地方の中でもなぜ益田市を選ぶのだろう。

実は、そこには呼び込み戦略があった。鍵になっているのは、若者の招致に尽力している一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー(通称「ユタラボ」、以下同)の存在である。

魅力ある大人との触れ合い。子どもの「可能性の格差」を解消する

「僕自身もIターンで益田に引っ越して来た人間なんです」――そう語るユタラボ代表の檜垣賢一さんは「益田版カタリ場」推進の中心者の一人でもある。驚くべきはユタラボのスタッフで、現在所属している14人のメンバーほぼ全員がIターン人材であり、かつ益田市にある空き家に住んでいる。彼らが精力的に同市への若者招致を進めているのだ。メンバーの毛色もさまざまで、東大生から沖縄の学生まで多彩である。

一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー(通称ユタラボ)のメンバー
一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー(通称ユタラボ)のメンバー

「もともと大畑さんの誘いで益田に来る機会に恵まれたのですが、一気に魅了され、町おこしをしようと決意しました。少なからぬ人は地方では自己実現が叶わないと思っています。しかし、どんな地であっても自己実現はできるんです。住む場所は問題ではない。そのことをカタリ場で伝えています」(檜垣さん)

これについては先の大畑さんも同意する。

「実際、益田で起業して全国を股に掛けた仕事もできます。アプリ開発だってできます。でも、その事実を子どもたちは知らないんですね。知らないままだと『地方で自己実現』という夢の可能性が閉ざされてしまうかもしれない。そんな『可能性の格差』をなくしていくためにも、カタリ場で子どもの認識刷新を行っています。また、カタリ場に参画することによって大人の意識も変わります。『この町を盛り上げるのはわれわれだ』という気持ちが芽生える。そういう『人』が増え、またそれを広報活動で全国に広く知ってもらうことで、若者の移住が促進されるのです」

冒頭でコメントをしてくれた野村さんは「僕が生まれた当時と今とでは町の空気が大きく変わっています。『益田をつくり直す』という流れが本当に見えてきている。こんな町ではなかったですよ」と感慨を口にする。

町おこしの影響は、現地の若者にしっかり及んでいる。益田市の成人式で行ったアンケートでは、「将来益田に住みたい」と返答する新成人が、アンケートを実施し始めた2018年から現在までで5割から約8割にまで上昇した。その要因の筆頭としてあげられるのが「益田版カタリ場」である。同イベントにはすでに市民の10%が参加している。

Iターン・Uターン人材の多彩な呼び込み戦略

さらに益田市は、Iターン・Uターン人材の別の呼び込み戦略も展開している。

ユタラボ主導で行っていることでいえば、たとえば同市の魅力を伝える「益田暮らし体験ツアー」や、休学中の学生を受け入れる「ユタラボ学生インターン」、地域外の人と「豊かさ」について考えるワークショップ「オンライン豊かな暮らしトークセッション」がある。

また、市内の同世代の若者をつなぐ「MASUDA no Douki」や、やりたいことを共同で行う同志を見つける「オモイをカタチにワークショップ」も町の若者の触発の場になっている。

ハコモノの利用も面白い。2005年に開館した島根県芸術文化センター(愛称:グラントワ)では、まさに益田市出身の魅力ある人と人が触れ合う場が生まれている。

特に地域に親しまれているのが祭典「神楽酒」で、町総出で催される祭りは歴史が浅いながらも名物となっており、この祭りをきっかけにUターンをする若者も増えた。

加えてグラントワでは、世界的なデザイナー・森英恵氏や日本を代表する彫刻家・澄川喜一氏(東京スカイツリーをデザインした)など、同市に隣接する鹿足郡の出身者の展示会やワークショップも行っている。現在、芸術展を開催中の野村康生さんも市民との交流を重ねている。

もちろん益田市は、全国に魅力を伝えることにも余念がない。同市のひと・もの・ことを発信するプラットフォーム「MASUBUZZ(マスバズ)」は、同市に抱かれがちな「田舎感」を払拭する内容で、2022年に「全国商店街DXアワード審査員特別賞」(主催:全国商店街DXアワード実行委員会)を受賞した。

こうした複合的な取り組みが奏功し、益田市は息を吹き返しているのである。

大畑さんは今後についてこう展望した。

「カタリ場の実施によって、人が育ってきました。子どもの例をあげれば、たとえば中学生が竹灯籠を用いた大規模イベントを主催し、また、公園施設の改装を行ったりしています。高校生もローカルテレビ局と共同で番組制作を行い、益田の魅力発掘を推進しています。そういった子どもたちの動きが生まれていることに象徴されるように、地方創生に対する高い意識を持った世代が育ってきている。もちろん楽観視はできないものの、益田の未来には希望が見えています。ゆりかごから墓場まで、豊かな生き方が選択できる『益田で生きる』という選択を胸に、みなが可能性を開花できる町をつくっていきます」

平川紀道・野村康生 既知の宇宙|未知なる日常
島根県立石見美術館 2022年8月29日(月)まで
https://www.grandtoit.jp/museum/hirakawa-nomura

「MASUBUZZ(マスバズ)」
https://masudanohito.jp/

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。