イスラム過激派組織タリバンがアフガニスタンで政権を奪取してから、まもなく1年が経つ。当初、タリバンは自ら記者会見を開いて「我々は変わった」と積極的に発信したり、日本のメディアを含む外国メディアの取材にも応じて英語でインタビューに答えたりするなど、「我々は変わった」アピールに余念がなかったこともあり、日本でもタリバン新政権を楽観視する向きがあった。しかし現実は大きく異なる。

「裁判なしの処刑160件」人権侵害の実態は

国連アフガニスタン支援団(UNAMA)は7月20日、タリバン支配が開始された2021年8月15日以降10カ月間のアフガニスタンの人権状況をまとめた報告書を発表し、タリバンが今も人権侵害を続けている実態を明らかにした。

UNAMAはタリバンによる前政権や治安部隊の関係者に対する裁判なしの処刑(超法規的処刑)160件、恣意的な拘束178件、拷問や虐待56件について、極めて具体的に報告している。タリバンは政権奪取直後の2021年8月17日、前政権や治安部隊などの関係者を対象とした恩赦を発表したものの、「この恩赦は一貫して守られていないようだ」と指摘する。

こうした人権侵害の加害者に対し、タリバン当局が全く処罰していないだけでなく、タリバン当局の勧善懲悪省と諜報局という2つの組織が主体的にこれらの人権侵害を実行している実態について、UNAMAは強い懸念を表明している。

タリバンはジャーナリストの恣意的逮捕や報道機関に対する規制により報道の自由を抑圧しているだけでなく、抗議活動の参加者に暴力をふるったり拘束したりすることにより、反対意見を封殺しているともされる。タリバンによるメディア関係者に対する人権侵害は、163件が報告されている。

記者会見する勧善懲悪省の幹部(カブール・5月)
記者会見する勧善懲悪省の幹部(カブール・5月)
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奪われる女性の権利、相次ぐ「イスラム国」の攻撃

タリバン支配の最も顕著な犠牲者は女性である。ブルカ(顔を含む全身を覆い隠す長衣)着用の義務付けや移動の制限、立ち入り場所の制限、教育や就業の制限など、タリバン当局が次々と発布する規制により、女性は公共の場から締め出され、社会に参加する権利を徐々に制限され、多くの場合完全に奪われてしまったと報告されている。

TVニュースのキャスター 2022年5月、公共の場で目以外の全身を覆うことが女性に命じられた
TVニュースのキャスター 2022年5月、公共の場で目以外の全身を覆うことが女性に命じられた

国連のアフガニスタン担当特別代表はこれについて、次のように述べた。

「女性と女児の教育および公的生活への参加は、いかなる近代社会にとっても基本的なことだ。女性と女子を家庭内に追いやることにより、アフガニスタンは彼女たちが提供する重要な貢献の恩恵を受けることができなくなる。あらゆる人のための教育は基本的人権であるだけでなく、国家の進歩と発展の鍵なのだ」。

家で勉強する姉妹(カブール・2022年7月)
家で勉強する姉妹(カブール・2022年7月)

治安に関しても、この10カ月間に「武器を用いた暴力」は大幅に減少したものの、民間人の死傷者は2000人を超え、その大半はイスラム過激派組織「イスラム国」の攻撃によるものとされる。2021年8月以前は「武力を用いた暴力」を主に実行していたのはタリバンだったが、タリバンは今やそれを取り締まるべき立場にある。しかし「治安は回復した」「我々は『イスラム国』を封じ込めている」「米国は『イスラム国』の脅威をでっち上げている」といったタリバンの主張は、こうした報告書が突きつける事実の前に信憑性を失う。

2021年10月、南部・カンダハルのモスクが自爆攻撃され「イスラム国」が犯行声明を出した
2021年10月、南部・カンダハルのモスクが自爆攻撃され「イスラム国」が犯行声明を出した

タリバン政権誕生で状況悪化

タリバンによる政権奪取以降、アフガニスタン経済は崩壊状態にあり、タリバン当局がそれに対してほぼ無策であることが人権状況の悪化に拍車をかけている。報告書によると、現在アフガニスタンの人口の少なくとも59%が人道支援を必要としており、その数は2021年初頭と比較して600万人増加した。要するにタリバン政権誕生により、アフガニスタンの人々の状況は悪化したのだ。

UNAMAの報告書は国際社会に対し、アフガニスタンの人々への支援の継続を求めている。しかしいくら国際社会が人道支援をしようと、アフガニスタンを支配するタリバンが、すべてのアフガニスタン人の人権を保護・促進する義務を果たさない限り、根本的な問題解決にはならない。

タリバン当局は人権問題について西側諸国による再三の勧告を無視し、中国やロシアといった権威主義国家との関係を強化しつつある。問題解決への道は遥かに厳しく、そして遠い。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。