コロナ禍で長引くマスク生活のなか、口の中や歯に関して悩みを抱えている人が増えている。なかでも多い相談は「口臭」。マスクを着用するようになり、自分の口のにおいに初めて気づいたという人は多い。

「自分の口臭が気になったら、要注意です」と指摘するのは、口腔環境の専門家である昭和大学歯学部スペシャルニーズ口腔医学講座口腔衛生学部門の弘中祥司教授。

口臭の原因の大半は口腔環境にあり、そこには歯周病などの大きなトラブルが隠れていることが多いという。今こそ、改めて自分の口の中の健康状態に目を向けたい。

実はマスクと口臭に因果関係はない

マスク生活で口臭に気づく人が増えたと聞くと、誰もが「自分の吐く息がマスク内に留まって、直接鼻に入るから」と考えるだろう。しかし、それだけではない。

「そもそも口と鼻は内側でつながっています。マスクで周囲を覆われたら、吐く息のにおいを感じるだけでなく、口腔内に存在するにおい物質も喉を通って鼻腔に伝わっていく。前からも後ろからもにおいが届きます。そのため自分の口臭を自覚する人が増えたのでしょう」

昭和大学歯学部スペシャルニーズ口腔医学講座口腔衛生学部門・弘中祥司教授
昭和大学歯学部スペシャルニーズ口腔医学講座口腔衛生学部門・弘中祥司教授
この記事の画像(8枚)

マスクを常時着用するようになり、初めて口臭に気づいた人はマスクによって口臭が悪化したのでは、と考えるかもしれない。しかし弘中教授によると、双方に因果関係はないという。

「口臭の原因の一つに、唾液が減って口中が乾く『ドライマウス』がありますが、この相談はコロナ禍に入って減少しています。理由はマスクによって口の中の湿潤度が上昇したため。以前より、口の中の乾燥を訴える人には治療の一環としてマスク着用を勧めてきたほどです」

また、歯にこびりついた汚れや歯垢も口臭の原因となるが、これらもマスクで口腔内の湿潤度が上がったことにより乾燥しづらくなり、歯ブラシ等で除去しやすい状況になっているという。

つまり、マスク自体は口臭に対してあまり影響を及ぼさない。マスクによってにおいを自覚した人は、コロナ禍以前から口臭があったが、大気中に蒸散されて気づかなかったのかもしれない。

もしかしてあえて指摘しないだけで、周囲はすでに気づいていたケースもあるだろう。

原因は歯周病菌などの「嫌気性菌」

そもそも口臭とはどのようなものかを知っているだろうか。

主な原因物質は「揮発性硫化物」。代表的なのは温泉地や火山で漂うにおいや、卵が腐ったようなにおいの「硫化水素」。そしてタマネギが腐ったようなにおいである「メチルメルカプタン」、生ごみのようなにおいの「ジメチルサルファイド」の3つだ。

ちなみに多くは、口腔内に原因のある「硫化水素」と「メチルメルカプタン」だという。

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)

なぜ、このような悪臭が口から漂ってしまうのか?

「原因は口中にいる歯周病菌などの『嫌気性菌』です。嫌気性菌は酸素を嫌うので、舌の表面にある苔(舌苔、ぜったい)同士の溝や、歯と歯ぐきの境目の溝である歯周ポケットの中に隠れて増殖し、においの原因となる物質を出すのです。特に歯周病がある場合は臭気の強いメチルメルカプタンのにおいが発生し、病状が進むほどにおいが強くなるでしょう」

1日1回、舌磨きを習慣に

「舌苔は通常、年齢が上がるほど長く伸びていきます」と弘中教授。苔の長さが伸びるほど、苔と苔との間の溝は深くなる。言うまでもなく嫌気性菌にとって好条件だ。年齢が上がるほど口臭を感じる人の数が増える傾向にあるのもうなずける。

しかし昨今、年齢に関わらずすべての人が舌苔の伸びやすい状況にあるという。

その理由は「コロナ禍で人と会話をする機会が減少したことです」とのこと。

感染対策によりソーシャルディスタンスを守って会話を控え、仕事においても出社回数を減らしてリモートワークを取り入れることで、人と話す機会が減ってしまった。これが舌苔の長さに影響を及ぼしていたのだ。

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)

「人はしゃべることよって舌だけでなく唇や頬など顔のさまざまな部分を動かしています。これにより、唾液の流れとともに口の中や歯の表面の汚れが自然と清掃されるわけです」

とりわけ「今日はあまり人としゃべらなかった」という日は、ひとりごとでも、お風呂で歌うのでもよいので意識して発声してみるのがおすすめだ。

毎朝、舌の状態を鏡に映し、苔が伸びていないかどうかをチェックするのもよいだろう。舌が真っ白ならば舌苔が伸びすぎている。

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)

加えて効果的なのが日常に「舌磨き」の習慣を取り入れることだ。昨今では店頭でも専用のブラシやケア用品などを目にする機会が多いのではないだろうか。ただしやり過ぎは禁物だという。

「舌苔は弱い組織なので磨きすぎるとむしり取られてしまいます。そうすると酸味の強い食べ物が舌に染みるなどの弊害が出てしまうでしょう。目安は1日1回のみ。舌の根元から先端に向かって1度だけ撫でる程度で十分です。軽い力で行いましょう。そうやって1週間単位で少しずつ汚れを減らしていくイメージです。泡タイプのケア用品なども1日1回程度でちょうどいいでしょう」

マウスウォッシュ等の使い過ぎに注意

口臭を気にする人の中には、市販のマウスウォッシュ・デンタルリンス剤を用いてうがいを行なっている人もいるはずだ。

しかし、弘中教授によれば「マウスウォッシュ・デンタルリンスも使いすぎは逆効果です」という。

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)

「口の中には数千億個の細菌が存在していますが、対処すべきは舌苔や歯周ポケットの奥深くに隠れた悪玉菌だけです。しかしマウスウォッシュ・デンタルリンスを使いすぎると、表面近くにいる特に悪さをしない菌まで流してしまう。すると、口腔内の細菌バランスが崩れて悪玉菌がよりいっそう増殖してしまうのです」

もちろん外出先で口臭が気になった場合などにマウスウォッシュ・デンタルリンスでうがいすることは有効な手段だろう。

しかし、こちらも舌磨き同様1日1回まで。ちなみに口腔内の菌は就寝中に増殖しやすいため寝る前に行うのがベストタイミングだ。

セルフケアのみで歯周病を防ぐのは難しい

舌苔の隙間の溝は歯周病菌の温床にもなりやすい。そのため舌磨きは歯周病予防にも効果を発揮する。もちろん歯ブラシによる適切なブラッシングとデンタルフロスによる歯間の掃除は大前提だ。

ただし、自分の歯磨きに関して自信を持って「問題ありません」と言える人はあまり多くはないかもしれない。

歯周ポケットは健康な人でも2〜3ミリ程度あり、歯周病になれば軽度でも4〜5ミリに及ぶ。たとえ極細毛の歯ブラシを用いたとしても、その深さを自分で完璧に掃除することは容易ではない。

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)

だからこそ「歯科医院で3〜4カ月に1度、クリーニングと定期検診を受けてリスク管理することが大切です」と弘中教授。この言葉に、「わかっているけど…」「忙しくてなかなか」などの声が聞こえてくるようだが、口腔環境を良好に保つためにやはり欠かすことはできない。

「定期検診する際はプローブという先端が針のように細い器具を歯周ポケットに差し込んで、溝の深さや状態を確認します。この検査によって歯周ポケットに酸素が届くので、ポケット内に生息する歯周病菌などの嫌気性菌はこれだけでも死滅します。また歯科医院ではたいていクリーニングの際に超音波スケーラーと呼ばれる装置を用いますが、これによってかなり効率的に歯周ポケットの掃除ができるでしょう」

口臭は全身の健康のバロメーター

歯周病は、歯を支える歯ぐきや骨が破壊されていく恐ろしい疾患だ。進行すれば歯が抜け落ちるだけでなく、心臓病や脳卒中、糖尿病の悪化、低体重児出産などを引き起こす危険性を高めることがわかってきた。

「例えば歯周病と糖尿病に罹患した人が、歯周病を治療すると糖尿病まで治るということが起こったりします」と弘中教授は語る。

(画像:イメージ)
(画像:イメージ)

歯周病の治療は全身の健康を保つために欠かすことができない。

「自分の口臭に自ら気づくことは、なかなかできないものです。歯周病の外来でも、家族からにおいを指摘されたのをきっかけに訪れる人が多い。だからこそ逆に言うと、マスク生活は自分の口臭に気付く環境を作ったといえるでしょう」

たかが口臭と軽く見てはいけない。口臭は口腔内、もとより全身の健康のバロメーターと言っても過言ではないだろう。

周囲の人は、よほどの近い関係でなければ気づいていても指摘しづらいものだ。せっかく自分で気づけたなら、これを機会になるべく早く歯科医院に相談してほしい。

取材・文=高木さおり(sand)

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。