安倍元首相銃撃事件の背景にはコロナ禍があったのではないか。

7月8日奈良県で、選挙応援演説中の安倍晋三元首相を手製の散弾銃で銃撃し死亡させた山上徹也容疑者は、取り調べに対して「母親が宗教団体にのめり込み多額の寄付をして家が破産したので恨みがあった。団体のトップをを狙うつもりだったが難しかったので、安倍元首相がつながりがあると思って襲った」と言っているという。

送検される山上徹也容疑者(41)
送検される山上徹也容疑者(41)
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そうであれば個人的な遺恨による犯行だが、その恨みはここ数年の間にエスカレートしたと考えられる証言がある。

山上容疑者が2020年10月から働いていた京都府内の工場の責任者で、「(就職した直後は)正しい敬語が使える常識的な人だと印象を受けました」と語っている。勤め始めてから6か月くらいは勤務態度も非常にまじめだったという。

しかし2021年4月ごろから指示通り仕事をしなくなって上司が叱責するようなことになり、10月ごろからはトラック運転手と口論をしたり同僚に反抗的な態度を示し、2022年5月15日付で退社をして今回の事件に至っている。

取り押さえられる山上徹也容疑者
取り押さえられる山上徹也容疑者

その間に何があったかといえば、新型コロナウイルスの感染拡大だ。

実は、米国ではコロナウイルスのパンデミック(大流行)の間に銃犯罪が急増しているという調査報告が発表されている。

英国の科学技術誌「サイエンティフィック・リポーツ」がまとめたもので、2019年2月から2021年3月の間全米で起きた銃暴力事件は約51000件で、その前の13カ月間の39000件を30%上回った。

アメリカではコロナの感染拡大に伴い銃の販売も急増
アメリカではコロナの感染拡大に伴い銃の販売も急増

その背景について同誌はこう分析する。

「米国ではコロナウイルス汚染が広がりとともにうつ病患者が急増しているという報告もあり、これが銃暴力の増加につながっているのかもしれない」

社会的に人と人との接触が制限される中では家族や友人との物理的距離が維持されないと心理的ストレスがうつ症状を引き起こすことが考えられるというのだ。

コロナ禍の緊急事態宣言でほとんど人影が消えた東京・渋谷駅(2020年4月28日)
コロナ禍の緊急事態宣言でほとんど人影が消えた東京・渋谷駅(2020年4月28日)

具体的には「ロックダウンなどによる孤立化がもたらす心理的困窮」「家庭内暴力の増加」「看護や福祉などの社会ネットワークの混乱」それに「失業の増加」などが原因に挙げられるが、さらなる調査が必要だとする。

山上容疑者の犯行時の精神状態がどうだったかは知る由もないが、当時は人付き合いが希薄と言われていた同容疑者が新型コロナウイルスの汚染拡大で孤立化を深め、家を破産に追い込んだと考える宗教団体に対して遺恨を募らせ犯行に走らせたとは考えられないだろうか。

法務省の「犯罪白書」令和3年版の「はしがき」にはこういう記述がある。

「令和2年は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により我が国の国民生活・経済・社会が大きな変容を余儀なくされた年であるが、同感染症が我が国の犯罪動向に与えた影響の有無、程度を判断することは尚早と言わざるを得ない」

コロナ禍の緊急事態宣言でほとんど人影が消えた渋谷駅前(2020年4月21日)
コロナ禍の緊急事態宣言でほとんど人影が消えた渋谷駅前(2020年4月21日)

その一方で同白書は、2021年3月に京都で開かれた国連犯罪防止刑事司法会議(コングレス)のユースフォーラムで次の勧告が採択されたことが記載されている。

「政府は、ロックダウンや外部組織からアクセス制限がなされているなどの事情のため、身体的ないし心理的な支援は家族との連絡、法的救済といった基本的なニーズにアクセスできない若者たちへの支援の必要性を特に考慮に入れるべきである」

新型コロナウイルスは新たな感染の拡大が始まっている。疫学的な対応策だけでなく社会に及ぼす影響についても究明の努力が払われるべきではないのか。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。