1つのモノ、あるいはコトを切り口に歴史を語るという手法は、歴史を理解するうえでかなり有効な方法だ。例えば、ベストセラーになった『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』(ジャレド・ダイアモンド 著・草思社)という歴史書は、タイトルを見て分かる通り、3つのモノを使って歴史を読み解く。また最近では、世界的なベストセラーになった『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ 著・河出書房新社 )も「共同幻想」という、モノではなくコトをキーワードにして、歴史を叙述したものである。

『サピエンス全史』は、人類の曙の時代、我々の属するホモ・サピエンスが生き延びたのは、「共同幻想」を持つことができた唯一の種であるからだと説明する。つまり、共同で幻想を持つことによって社会性が発達し、他の種では達成できなかったことを協働的な努力によって達成できたとするのである。そしてホモ・サピエンスは、共同幻想によって歴史を築き上げていく。国家も宗教も、貨幣も大東亜共栄圏も社会主義革命も、すべては共同幻想、あるいはその賜物なのである。オリンピックが共同幻想の賜物だといえば、納得できる人も多いのではないだろうか。

もちろん、この歴史叙述の手法は万能ではない。歴史という複雑な有機体を1つ2つの切り口で理解しようとするのは、納得感はあるかもしれないが、けっして全体像をつかんだことにならないし、そもそも歴史の全体像をつかむことが可能かどうかも怪しい。この手法は、歴史のメガな通史よりも、細分化された歴史のほうが有効ではないだろうか。

そこで今回の書評は、『邪馬台国は「朱の王国」だった』(蒲池明弘 著・文藝春秋)である。これもタイトルが物語るように、1つのモノを切り口にして邪馬台国の秘密を探ろうとするものだ。著者は元・読売新聞の経済部記者。それゆえか、各所に経済記者らしい視点が織り込まれている。

「朱」から探る邪馬台国の秘密

「朱」とは硫化水銀(水銀と硫黄の化合物)で、天然物では鮮やかな赤みを帯びた石や砂のこと。それらから作られる顔料・塗料も「朱」または「丹」と呼ぶ。また顔料だけでなく、古代では漢方薬の材料としても珍重されたようだ。その名残りを「仁丹」「万金丹」といった薬品名にとどめている。不老長寿に関係する漢方材らしいが、朱は水銀の化合物である。身体にいいように思えないが、ごく少量ならば問題ないのだろう。ダイナマイトの原材料のニトログリセリンが狭心症の薬として使われるのと似ている。

いうまでもなく、古代では「朱」は非常に貴重なものだった。それほど鮮やかな赤を生み出す染料はほかになかったし、朱から抽出される水銀の、金属の色をしているのに液体で、しかも強力な表面張力によって球形になってコロコロと転がる不思議さも古代人の心を奪ったに違いない。石室のほぼ全面に朱が施してある古墳も見つかっていて、かなり裕福な豪族の墓と推定されたりしている。「朱」は貨幣の特徴を備えているのである。

そして日本は、その朱(硫化水銀)を含む鉱脈に富んでいた。鉱物としての朱は火山活動にともなう熱水鉱床として形成されることが多く、火山国・日本が朱の産地であるというのはうなずける。その四大鉱床群をあげると、大和鉱床群(伊勢地方も含む)、阿波鉱床群、九州西部鉱床群、九州南部鉱床群である。阿波を除く3つの鉱床群は、いずれも邪馬台国の有力な候補地である。しかも伊勢地方は皇祖・天照大神が奉られている土地である。これに秘密めいた古代国家・出雲が加わればさらにワクワクするが、残念ながら、出雲は「朱」ではなく「鉄」で語るべき古代王国だ。

邪馬台国を叙述した唯一の書『魏志倭人伝』(正確には『三国志』魏書第30巻 烏丸鮮卑東夷伝倭人条)にも、倭(日本)のことを「真珠・青玉を出だす。その山に丹あり(出真珠青玉其山有丹)」と記されている。もちろん「丹」は「朱」のことだが、真珠もパールではなく「丹砂」の別名である可能性があるという。「珠」という漢字は「玉」と「朱」から成っている。赤い玉石ともとれるし、他にも漢方分野での状況証拠がいくつかあるようだ。

【資料】辰砂(丹砂)の結晶
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邪馬台国は「点」を支配?

著者は、邪馬台国を九州とも畿内(特に奈良盆地)とも断言していない。九州説と畿内説がいつまでたっても決着がつかないことを指摘したうえで、「朱の交易が邪馬台国を盟主とする連合国家の最大のミッションであったとすると、九州か奈良かという議論は、『どちらが本社で、どちらが筆頭の事業本部か』という程度の問題であるともいえます」と記している。

元経済記者らしい表現だが、「朱」を軸に邪馬台国を考えた場合、奈良、九州、伊勢といった大きな産地に加え、四国、北陸の中小の産地を加えたものが邪馬台国の実態ではないかというのである。つまり邪馬台国は「面」を支配していたのではなく、「点」を支配する国家連合だったとするのである。

かつてこの書評で地政学の本を取り上げた。そこでは国を「海洋国家」と「大陸国家」に分け、イギリスに代表される海洋国家は植民地の港湾施設とその周辺の支配に力をそそいだことを紹介した。つまり「点の支配」である。「朱の国・邪馬台国」はこれに似ている。そう考えたとき、国家の生命線である「朱」の交易には、船で瀬戸内海や日本海沿岸の航路を使っていたのだろう。面で支配していないので陸路で「朱」を運搬するのは敵対的な小国家を領地も渡る必要があり、かなり危険である。

古代の日本が「朱」を経済基盤にしていたことを立証しようとする筆者は、さらに天武天皇の時代に下る。戦後の日本古代史をリードした直木孝次郎氏が、「『(日本)書紀』には天武六年、九年、十年にそれぞれ赤い鳥や朱色の雀の記事があり、天武十五年には朱鳥(あかみとり)という年号をたてたほどである。(以下略)」(『古代国家の成立』中央公論新社)とし、天武天皇が赤色に執着していると指摘している。天武天皇は『日本書紀』の編纂を命じたその人であり、自身の時代の歴史叙述に「朱」にまつわる記事を希望したことは十分に考えられる。あるいは、それが当時から見れば数百年も前の日本国家と「朱」との関係のかすかな記憶、残り火だったのかもしれない。

元新聞記者らしく、客観的で公正な叙述に終始している。なかなか知的好奇心を刺激してくれる本である。

【執筆:赤井三尋(作家)】

『邪馬台国は「朱の王国」だった』(蒲池明弘 著・文藝春秋)

記事 15 赤井三尋

本名・網昭弘 
早稲田大学政治経済学部卒業後、ニッポン放送に入社。
2003年『翳りゆく夏』で第49回江戸川乱歩賞受賞。2006年フジテレビジョン報道局へ転籍。
【著書】
『翳りゆく夏』( 講談社文庫)
『どこかの街の片隅で』( 単行本・講談社 改題して『花曇り』講談社文庫)
『2022年の影』(単行本・扶桑社 改題して『バベルの末裔』講談社文庫))
『月と詐欺師』( 単行本・講談社 講談社文庫【上・下】)
『ジャズと落語とワン公と 天才!トドロキ教授の事件簿』(単行本・講談社 改題して『面影はこの胸に』講談社文庫)
【テレビドラマ】
翳りゆく夏(2015年1月18日 ~(全5回) WOWOW「連続ドラマW」主演:渡部篤郎)