キーウの北側に隣接するイルピンは、首都攻防の最前線となった場所だ。キーウを目指すロシア軍と、ウクライナ軍との間で激しい戦闘が繰り広げられ、約300人の一般市民が犠牲になった。

壊れた橋の向こうに見えるのがイルピン(キーウ側から撮影)
壊れた橋の向こうに見えるのがイルピン(キーウ側から撮影)
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一般住宅も“標的”に

私がイルピンを訪れたのは、3日間の外出禁止令が解除された4月15日。外出禁止を避け、キーウなど周辺地域に一時避難した市民が自宅に戻るタイミングだった。キーウとイルピンを結ぶロマニフカ橋は、ロシア軍の侵攻を防ぐためウクライナ軍によって破壊されていた。崩れ落ちた橋の脇に作られた臨時の砂利道を、イルピン方面に次々と車が渡っていく。

最初に目に飛び込んできたのは、激しく破壊された大学だった。砲撃によって建物は焼け焦げ、壁や床は崩れ落ち、作業員が瓦礫の撤去作業を行っていた。軍事施設とは無縁の大学がなぜ標的となったのか、その理由は分かっていない。

砲撃で破壊された市内の大学
砲撃で破壊された市内の大学

無差別攻撃は一般住宅に対しても行われた。ブチャの方角から複数回の砲撃を受けたという男性は、自宅がある5階部分を指して「家が完全に破壊され、もはや住める状態ではない」と嘆いた。

「自宅はブチャ方面から複数回の砲撃を受けた」と話す男性
「自宅はブチャ方面から複数回の砲撃を受けた」と話す男性

壁が崩れ落ち、むき出しになった自宅の片付けをする女性がいた。自宅が3月2日に攻撃に遭ったことは、避難先でインターネットの情報を見て知ったという。自宅に帰ってきたのは、軍事侵攻が始まって以来初めてだ。女性は「言葉もありません。この家は1月前に買ったばかりなんです。私たちはお金を全てつぎ込み、親類からも出費してもらいました。でも今は家もなくなり、借金だけが残りました」と話した。この先の住まいの当てはなく、当面は500キロ離れた実家で暮らすという。

壁が崩れ落ちた自宅を片付ける女性
壁が崩れ落ちた自宅を片付ける女性

市内を取材していると、同じく自宅の片付けをしていた男性が「見て欲しいものがある」と声を掛けてきた。ブチャでも見た、あの星のマークがついたロシア軍の食料の紙袋とその中身だ。ここでもまた、ロシア兵が住民の家に侵入していたことが分かる。家の中を荒らされ、家電製品などを盗まれた住民もいた。

イルピンでも住宅内に”ロシア軍”の痕跡
イルピンでも住宅内に”ロシア軍”の痕跡

武器を持ったロシア兵が自宅に…

「ロシア軍が初日にここに来たとき、道路に22台の戦車がいるのを数えました」。市の中心部を少し離れた場所にある農家の女性は、ロシア軍が侵攻してきた日のことをはっきりと記憶していた。砲撃で、近所に住む高齢の女性ら2人が死亡したという。その後、武器を持った6人の兵士が自宅に押し入り、庭で塹壕を掘り始めた。

「ロシア兵は庭で塹壕を掘り始めた」と話す女性
「ロシア兵は庭で塹壕を掘り始めた」と話す女性

女性は、ロシア兵と話した時のことを語った。

女性:
「あなたたちはどこから来たの?」と聞くと「ウラル」と答えました。「我々は民間人には手を出さない」とも。また、私は彼らがいくらもらっているか聞くと。彼らは「2万6000ルーブル(約3万5000円 ※2022年2月下旬)」と答えました。私が「たった2万6000ルーブルでここへ来たの?」と尋ねると彼らは「パンも牛乳も十分買えるから」と答えました。

ロシア兵たちはその後も、近くにある2つの食料品店から発電機を盗み出し、主のいない住宅に持ち込み、昼も夜もシーシャ(水たばこ)を吸いながらギターを弾いていたと女性は語った。ロシア兵たちはここでもまた横暴に振る舞っていた。

遺体埋葬の穴はボロジャンカでも

5月、キーウ近郊のボロジャンカを取材した。軍事侵攻が始まって約1週間後、中心部が激しい攻撃に晒された。砲撃を受けた集合住宅は、両端を残して中央部分が倒壊し、瓦礫の中から41人の遺体が見つかるなど、これまでに80人の死亡が確認されている。

中央部分が崩落した集合住宅
中央部分が崩落した集合住宅

この地域にある病院の敷地内には、市民の遺体が埋葬されたという穴が残っていた。

小さな穴に6人の遺体が埋められていた
小さな穴に6人の遺体が埋められていた

埋葬されたのは路上に放置されていた遺体だ。埋葬を手伝った高齢の男性は、「地元の医師に指示され、遺体を埋めました。町に残る若い男性たちを集め、穴を掘りました。ここには女性2人を含む6人が埋葬されました」と話した。

埋葬を手伝った男性
埋葬を手伝った男性

ボロジャンカの別の場所でも、16歳の少女とその両親が一つの穴に埋葬されていた。地元警察によると、家族で逃げようとしていたところをロシア軍にマシンガンで殺害されたという。

許されざる戦争犯罪、求められる国際社会の「行動」

ロシア軍が行ってきたとされるこれらの蛮行について、国際機関は捜査に乗り出している。戦争犯罪や人道に対する罪、あるいはジェノサイド(集団殺害)など様々な罪への疑いが指摘されている。

私がブチャを取材した同じ日に現地を視察したICC(国際刑事裁判所)のカーン主任検察官は、「戦争の霧を突き破って真実に迫らなければならない」と述べ「犯罪が行われていると信じる合理的な根拠があるから私たちはここにいる」と明言した。

同じく現場を視察したウクライナのイリーナ・ベネディクトワ検事総長も「私たちはこの現場をみて、ここに戦争犯罪や人道に対する罪、侵略の罪があることを確認した」と述べた。

ウクライナ・ベネディクトワ検事総長とICCカーン主任検察官
ウクライナ・ベネディクトワ検事総長とICCカーン主任検察官

一方、ブチャの虐殺についてロシア側は「フェイクだ」と反発した。まともな調査や検証もないままこうした主張をすることに、大きな不信感を抱く。

こうしたなか5月13日、ロシア軍兵士の初の裁判が首都キーウで行われた。21歳の被告はウクライナ北部の村で、自転車に乗った62歳の男性に向けて発砲した罪に問われている。罪状を認め、男性の妻に許しを求めたが、裁判所は兵士に終身刑を言い渡した。

ベネディクトワ検事総長は自身のツイッターで強い決意を示している。

「これが私の目的です。プーチンとその勢力に、彼らが行ったことの代償を払わせることです。世界中の裁判所がロシアの責任を追及するために動いていますが、調査の大部分、そして最も多くの起訴は、ウクライナ自身の手で行われることになるでしょう」

ウクライナ検察庁の発表(2022年5月22日時点)によれば、ロシア兵による戦争犯罪については1万3000件以上の捜査が開始されている。

無実の市民が多く殺害されているこの理不尽な戦争は、いますぐにでも終わらせるべきだ。こうしている間にも多くの市民の命が失われている。武器やお金を提供するだけで市民の命は守れない。日本を含めた国際社会は一刻も早く停戦を実現するため、直ちに具体的行動を起こすことが必要だと取材を通じて強く感じた。

【執筆:FNNパリ支局長 山岸直人】

山岸直人
山岸直人

未来を明るいものに!感動、怒り、喜びや悲しみを少しでも多くの人にお伝えすることで世の中を良くしたい、そんなきっかけ作りに役立てればと考えています。新たな発見を求め、体は重くともフットワークは軽快に・・・現場の臨場感を大切にしていきます!
FNNパリ支局長。1994年フジテレビ入社。社会部記者、ベルリン特派員、プライムニュースイブニング、Live News αを経て現職に。ドイツのパンをこよなく愛するが、最近はフランスパン贔屓。