映画「ダイ・ハード」などで知られる俳優ブルース・ウィルスさんが、失語症のため現役を引退したことは記憶に新しい。
同じ失語症を患い、一度は出てくる言葉が「やっちゃった」だけになってしまった静岡市の声楽家が、7年ぶりにコンサートを開いた。辛いリハビリを支えてくれたのは、彼女が愛し続けた歌と家族だ。
教え子1000人の声楽家…夫婦で共演も
2022年2月、静岡市葵区でコンサートを開いた声楽家の一色令子さん。
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名門の東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業後、プロの声楽家として活動してきた令子さん。その傍ら、常葉大学教育学部や市民向けのカルチャースクールで講師を務め、1000人以上の教え子に歌の魅力を伝えてきた。
静岡市駿河区の自宅に伺った。
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夫・会田良一さん :
(夫婦で共演したパンフレットを取り出しながら)こんなのがありますよ。我々結婚して、3回くらいジョイントでコンサートしてるんですよ
![夫婦共演のパンフレット](https://fnn.ismcdn.jp/mwimgs/4/2/700mw/img_42ca72952973761536b704e87e1f20d5599405.jpg)
一色令子さん :
そうなんです
大学時代に出会った2人は、卒業後に結婚して以降、音楽に仕事に子育てに充実した日々を送ってきた。
夫・良一さん:
(妻は)とにかくバイタリティ溢れる感じでしたよね。毎日ハードにオペラの練習、PTA、バスケ、歌の指導と本当に忙しくしていた
![2人の息子と](https://fnn.ismcdn.jp/mwimgs/a/3/700mw/img_a3d6403603b78ef74fc8728efce3d8cd114914.jpg)
妻が病魔に…夫は「車の中で大声で泣いた」
しかし2014年8月、病魔が令子さんを襲った。
良一さん:
夜9時過ぎに何度も吐いて、叫び出したんですよ、「頭が痛い」って。もう119番
医師から告げられた病名は「くも膜下出血」。手術は無事成功したが、その8日後には…
良一さん:
くも膜下出血も手術は成功したので、あとは退院を待つくらいのつもりでいたんですけど、そうしたら「脳梗塞になりました」と。え~どうなっちゃうんだろうと、絶望以外の何ものでもない。人前で泣くわけにもいかないし、車の中ででっかい声で泣きましたよ。ショックでしたね
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右半身のマヒに加え、もう一つ後遺症が残った。
令子さん :
わからない、なんだっけ
良一さん :
わからない?
夫・会田良一さん:
(医師から)「左脳なので言語をつかさどる脳も死滅しているので、失語症です」と。同じ言葉しか出ないんですよ。すべてが「やっちゃった」、その言葉しか出ない。これが失語症なんだと。本人はいろいろな言葉を発しているつもりでも、出る言葉は「やっちゃった」、その一言だけ。(もう)歌が歌えるようにはならないだろうなと思いましたね
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質問は理解できても言葉が出ない
リハビリの日々が始まった。
言語聴覚療法士 :
ケーキの上にのせる赤い果物は?
令子さん :
き、き、き
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失語症とは、脳出血などにより大脳の言語をつかさどる部分が損傷することで起きる「言葉の障がい」だ。
令子さんの場合、「ケーキの上にのせる赤い果物」という質問の意味を理解し、頭の中でケーキとイチゴ、それぞれのイメージを思い浮かべることができる。
しかし、それを文字や音として表現することが難しいのだ。
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城西クリニック・杉山育子医師:
失語症は言葉がうまく伝わらなかったり、質問に適切な返事が返ってこないので、認知症と間違われてしまうこともたまにあるのですが、それとは別の病態です。令子さんの場合には、聞いて理解する能力は得意なんですが、思った言葉が出てこない
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良一さん:
イエスやノーで答えられる会話ならいいのですが、細かいニュアンスが彼女がどう思っているのか伝わらないと、こっちもじゃあどうすればいいの、どうしたいのという話になるんです
愛した音楽が笑顔をくれた
伝えたい思いをうまく伝えられないストレスから、一度は笑顔を失った令子さん。
しかし笑顔を取り戻すまでに回復できた背景には、やはり音楽があった。
この日、令子さんが取り組んでいたのは音楽を使ったリハビリ、「音楽療法」だ。
ピアノ伴奏にあわせ歌う令子さん :
き、き、き、き、きい、き、き、き~
![音楽療法に取り組む令子さん](https://fnn.ismcdn.jp/mwimgs/5/0/700mw/img_50d80c1937ed5a1873ce0d186bbcba1e111551.jpg)
音楽療法士 :
よく声出てるよね
令子さん :
そうですか
音楽療法士 :
で、「き」がつく言葉をお願いします
令子さん :
うーん…きのうは晴れだったです
歌詞を間違えても、かつてのような歌声は出せなくても。
自分の生きがいだった「歌」を通じて言葉を繰り返し発することで、令子さんの症状は徐々に回復してきた。
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城西クリニック・杉山医師:
かなり良くなった部類に入るとは思います。家族のサポートが素晴らしかったのと、音楽療法が令子さんにあっていた
歌と家族に支えられて
7年にも及ぶリハビリ生活の中で、いつしかコンサートで歌うことが一つの目標になっていた。
2022年2月、コンサートは開かれた。静岡市の繁華街のホールを借り、約60人が集まった。
コンサートのタイトルは「ひこばえコンサート」。ひこばえとは「切株から出た芽」のことで、令子さんが好きな言葉だ。夫婦で共演していた時のコンサートと同じタイトルにした。
舞台で歌う令子さん :
千の風になって~
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令子さんはお気に入りの黄色のドレスを着て、1時間にわたり「早春賦」「アヴェ・マリア」など10曲を披露し、大きな拍手を浴びた。
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観客:
7年前に倒れた時から知っているので、きょうの歌声を聞いて感無量でした
別の観客:
すばらしかったですよ、ブラボーですよ
別の観客:
同じところでリハビリを受けているんです。勇気をもらいました
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夫・会田良一さん:
技術的に非常に気になるところはあるんですが、病気になってここまで回復したのかと、私もひとしおの思いです
良一さんは、2022年3月まで中学校で音楽の教師をしていた。
今後も一緒に練習を重ねて、介護施設などでコンサートを開き、「同じ病気の人たちの励みになれば」と話す。
一色令子さん:
もう感激でした、すごく
![終演後に母親(左端)と記念写真](https://fnn.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/700mw/img_a5f8c7e45badfee256d13be00d218870602509.jpg)
たとえ言葉を失っても、大好きな音楽となら、どんな壁も乗り越えていける。
令子さんの歌声には、歌への深い愛情とともに、令子さんを支える家族の愛情がつまっていた。
(テレビ静岡)