政府発表によると、一時は新型コロナウイルスの1日あたりの市中感染者数(以降、特段のことわりのない限り無症状者含む)が2万7000人を超えた中国・上海。事実上のロックダウン開始から40日以上が経過した5月12日現在、私は原則外出禁止のままで、PCR検査は20日連続で行われている。一方で1日に発表される市中感染者数は1000人台にまで減少した。

そうした中、SNSの動画に端を発したとみられる当局の対応が、上海の日本人社会に大きな動揺をもたらしている。

「ここはアメリカではなく中国だ!」

5月8日前後に拡散されたその動画は、防護服を着た複数の当局者が一般市民の部屋を訪れたところから始まる。「(感染者と)同じフロアの住民を全員移送します」と切り出した当局者に対し、男性が「いつから?」と切り返すと、当局者は「今日だ。あなたたちがどう騒ごうと感染の芽を徹底的に摘むため対策が進められる」と即座に答えた。その後、女性が子供に関する不安を口にするも、当局者は「地区を管理している我々が言っている以上拒否できない」と発言し、さらにはこうも言い放った。

「好き勝手は許さない。ここはアメリカではなく中国だ!」「理由はないからもう聞くな。国の規制・防疫対策に従いなさい!」

「子供の身体が弱い」とする女性に対し当局者は「理由にならない」とも返答 (中国のSNSより)
「子供の身体が弱い」とする女性に対し当局者は「理由にならない」とも返答 (中国のSNSより)
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そして「従わなければ処罰の対象になる」と隔離施設への移動を事実上強制していて、動画を見た中国の法律学者は当局の対応について違法性を訴える文書を5月8日にネット上に公表した。文書では「ウイルスの毒性はそれほど強くなく害も少ないので、過剰な防疫対策と深刻な損失を防ぐことが重要だ」とも指摘していた。しかし台湾メディアによると、原文はすぐに削除され、法律学者本人のSNSアカウントも使用禁止となった。

身に覚えもないのになぜ…日本人社会に広がる不安

また、このケースでは同じフロアの住民が隔離対象とされていたが、動画が拡散された時期には「上下の数フロア」「同じ棟に住む住民全員」「近隣の棟も含め」など、突然の隔離に関する様々な情報がSNS上で飛び交い、「自分が住む建物に1人でも陽性者が出たら他の住民もみな隔離施設に行かされるようだ」という市民の声が大きなうねりとなっていた。

こうした中、中国共産党系の新聞「環球時報」の元編集長で共産党政権の代弁者ともいわれる胡錫進氏は、5月9日未明に自身のSNSアカウントを更新。「1つの建物の中で陽性者が出た場合にどういう人が接触者と認定され、その中の誰が隔離施設に行くのかが大きな論争となっている」と掲載し、国の衛生当局に詳しいルールを示すよう異例の提言をした。

さらに翌5月10日に行われた上海市政府の記者会見では、中国共産党の機関紙「人民日報」の記者が「もし一つの建物で陽性者が出た場合、同じ建物で生活する住民は隔離されるのか?」「接触者はどう判定しているのか?」と質問。一連の混乱を意識したとみられる問いに対し、担当者は「トイレやキッチンなどを住民が共用している建物」と「そうではない建物」とに分けて回答した。

古い居住区では感染対策として「トイレ」が配布されたことも(4月下旬・中国のSNSより)
古い居住区では感染対策として「トイレ」が配布されたことも(4月下旬・中国のSNSより)

前者は、感染者が多発している古い居住区を念頭においたものとみられ、陽性者の同居人の他、共用部分で感染者と接触していた人を「濃厚接触者」、残りの住民は「濃厚接触者の接触者」に、比較的新しい居住区のことをさすとみられる後者では、陽性者の同居人を濃厚接触者、同じフロア及び上下階に住む人を「濃厚接触者の接触者」と判定しているという。

中国ではそもそも「濃厚接触者の接触者」までが隔離対象だ。ただ今回の政府発表に則ると、生活する建物の中で1人でも陽性者が出た場合、陽性者や濃厚接触者との接触が無く、さらに自分が陰性であっても突然隔離対象にされうるわけだ。

お国柄や政策の違いがあるとはいえ、今、上海の日本人社会には「身に覚えもないのになぜ隔離されうるのか?」「万一の時にはご近所さんを巻き込んでしまい、今の場所に住みづらくなる」といった怒りや不安が急速に広がっている。

上海市政府はゼロコロナ政策を堅持する方針(5月10日の記者会見) 
上海市政府はゼロコロナ政策を堅持する方針(5月10日の記者会見) 

「あくまで原則」当局による“恣意的運用”の懸念も

またこうした懸念を予想してか、市政府担当者は10日の会見で「あくまで原則。具体的なことは現場調査やリスク評価などで総合判定される」「単純で画一的なアプローチであってはならない」と発言。しかしこの発言に対して、当局による恣意的運用の余地が残ったとする見方も浮上し、上海の日本領事館は、状況を注視しながら邦人に不利益が発生しうる場合は関係当局への申し入れなど対応にあたるとしている。

上海市政府はロックダウン全面解除への1つのステップとして、まずは隔離エリア外で新規の市中感染者がゼロになることを目標に掲げている。5月11日の発表数字をみるとその目標が10日ぶりに達成された。1日に発表される市中感染者数が最も多い時に比べ20分の1程度になる中、今後、当局発表の数字の成り行きが注目され、上海には言い知れぬ不安が渦巻き始めている。

【執筆:FNN上海支局長 森雅章】

森雅章
森雅章

FNN上海支局長 20代・報道記者 30代・営業でセールスマン 40代で人生初海外駐在 趣味はフルマラソン出走