最高裁の内部文書が異例のリーク…中絶の是非めぐり再び対立

5月2日深夜、アメリカの首都ワシントンにある最高裁判所の前に200人近くの人々が集結し、人工妊娠中絶が「違法」となる可能性に危機感を露にした。事の発端は、米メディア「ポリティコ」が入手し、報じた意見書だった。1973年に連邦最高裁が「中絶は女性の権利」だと下した判決が保守系判事によって覆されそうになっていることが判明したのだ。

報じられた98ページに及ぶ意見書は、最高裁を構成する9人の判事の意見をまとめるために作成されたもので、多数派を占める保守系の判事が中絶を合法だと認めた73年の判決を「根拠が弱い」として「覆されなければならない」と結論付けているのだ。最高裁は声明で意見書は本物だと認めた上で、最終的な判断を示すものではないとしている。

最高裁の内部文書が漏えいするのは極めて異例で、ワシントン界隈では判決が覆されることを危惧した人間による意図的なリークだとみる声が多い。いずれにせよ、中絶の是非を巡り再び「保守」と「リベラル」、「共和党」と「民主党」の意見が真っ向から対立する事態となっている。

5月2日深夜、ワシントンの最高裁判所前で抗議する人々
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「妊娠の瞬間から命は始まっていると信じている」

リークから一夜明けた3日、日本の国会にあたる連邦議会はいつもに増して熱を帯びていた。民主党議員と共和党議員の見解はあまりにもかけ離れ、歩み寄る余地はもはや無いように見える。

共和党のリック・スコット上院議員は、議事堂内で取り囲んだ記者に対して「中絶の問題は多くの人にとって重要な問題だ」「妊娠の瞬間から命は始まっていると信じている。それが、この国のあり方だ」とまくしたてた。これに初老の記者が「この判決が強行されれば、レイプや近親相姦の中絶をも禁止される事態になるが、このことについて懸念していますか?」とすかさず食い下がると、スコット議員は「まずは、この判決がどうなるか見てみようじゃないか」とかわし、質問には答えなかった。

フロリダ州選出のリック・スコット上院議員

13州が「トリガー法」制定 中絶が違法になる可能性も

一方で、日本の福島県で生まれ、ハワイ州選出のメイジ―・ヒロノ上院議員は、「これはとても心配すべき事態。アメリカの実に13に上る州が『トリガー法』を制定しているのだから」と危機感を露にした。

ハワイ州選出のメイジー・ヒロノ上院議員

ヒロノ議員が指摘するいわゆる「トリガー法」とは、最高裁判決が覆れば連動して州内の中絶を禁止する州法のことだ。判決が覆れば、テキサス州やミシシッピ州など共和党の地盤となっている保守色の強い13の州で、中絶は違法行為となる可能性が高い。

記者が、判決が覆された場合、違法にならない州に移動して中絶しようとする女性をどう守るのかとたずねると、ヒロノ上院議員は「あらゆる手を尽くす。なぜなら、女性が自分の体について決断するために州境を越えることを止めることは完全に憲法に反すると思うから。でも、このすっかり保守色が強くなった最高裁には期待しないことにしている。そのような州法を違憲と判断することはないでしょう」と話し、判事の9人のうち保守系が6人を占める最高裁の現状を嘆いた。

世論は真っ二つ

ワシントンポストなどが行った最新の世論調査によると、アメリカ人の54%が「中絶は女性の権利」とする1973年の判決を維持すべきだと答えたのに対して「覆すべき」と答えた人は28%にとどまる結果となった。

一方で別の世論調査では、「妊娠中期」にあたる妊娠15週以降の「中絶禁止」に賛成する人が反対を上回っていることが明らかになっている。ウォールストリート・ジャーナルが行った世論調査では、母体の健康を守る為のやむを得ない中絶を除いて、妊娠15週以降の中絶について48%が「禁止すべき」だとし、「禁止すべきではない」の43%を上回ったのだ。国民の世論が分かれる中、もし仮に最高裁がこれまでの判決を覆せば、社会の分断がさらに深まりかねない状況となっている。

11月中間選挙への影響は?

最高裁判所の内部文書が漏えいするという前代未聞の事態を受けて、バイデン大統領は声明で「女性の選択の権利は必須だと確信している」と強調し、判決を覆そうとする保守系判事の動きを強くけん制した。

アメリカメディアは、今回の最高裁のリークが、中間選挙で苦戦が予想されるバイデン氏率いる民主党にとって追い風になると分析している。物価の高騰や、不法移民の急増などバイデン政権の無策に不満を募らせている国民が、初めて別の問題に目を向けるきっかけとなるというのだ。そして、特に2020年の大統領選でバイデン氏を勝利に導いた女性票を取り込むチャンスだと指摘する。

エアフォースワンに乗り込むバイデン大統領(5月2日)

確かに、1973年以来、50年近く享受してきた「中絶の権利」を奪われることに反発する女性達の票が民主党に流れる可能性はあるだろう。ただ、半年後に控えた中間選挙では、バイデン政権への国民の冷徹な評価が下される。具体的な成果を示せず、敵失に頼るだけの戦術では厳しい現実に直面することになるだろう。

【執筆:FNNワシントン支局長 ダッチャー・藤田水美】

記事 45 ダッチャー・藤田水美

FNNワシントン支局 支局長 中国北京支局リサーチャー、政治部(外務省担当)などを経て現職