長崎市の被爆者の女性が、このほど95年の人生をつづった“自叙伝”を出版した。
1945年8月9日の原爆投下によって体験したつらい記憶、そして改めて思う平和な世界の尊さ。今、女性を強い思いに駆り立てているのは、ウクライナで起きている出来事だ。

原爆の記憶も…95年の人生を自叙伝に

井黒キヨミさん:
どうぞ、お茶から飲んでください

長崎市で一人暮らしをしている被爆者・井黒キヨミさん(95)。耳は少し遠くなったが、足腰はまだまだ元気だ。

95年の人生を自叙伝として出版した井黒さん
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明るく気さくな井黒さんは、初対面の人ともすぐに打ち解ける。取材スタッフにお茶を勧めた後は、笑顔で得意の手品を教えてくれた。

得意だという手品を披露する井黒さん

井黒さんは2022年に入り、自叙伝「私の人生」を出版した。

井黒さんの自叙伝「私の人生」

井黒キヨミさん:
私もこんなに立派な本になると思わなかった。いろいろなことがあった

井黒さんが過去の記憶をたどりながら書きためた日記を、おいの井原和洋さんが預かり、約3年半をかけて一冊の本にまとめた。77年前の出来事も鮮明につづっている。

そこにつづられていたのは…

8月9日 原爆投下される。先生はすぐ救護所へ

黒こげ状のけが人が次々に来て 交代で救護へ連れて行った

当時19歳の井黒さんは看護見習いだった。爆心地から3.2kmの長崎市桜馬場にあった医院で被爆しながらも、けが人の救護にあたった。

井黒キヨミさん:
昼過ぎになったら、けが人が金比羅山を越えてきている。そして突然、「助けてください」と言われても、体中、黒こげですよ。着ているシャツが、皮膚と一緒にめくれ上がっていた。病院に来たら動けない人もいて、2人ずつ交代で肩組んで(救護所になった)伊良林小学校まで連れて行った

つらい当時の体験を語る井黒さん

8月10日 朝早く出発し救護所へ

8月11日 交代で救護所ゆきをきめ、松野さん、坂本さんと行く

8月13日 重傷者の傷口にウジがわき、手当が出来ぬ程に

井黒キヨミさん:
ふと考えれば、けが人が身悶(もだ)えして必死で水を求めている。ウジがわいて、どうにもならない人を思い出す。あの声は耳の底から離れない

多くの被爆者と過ごし…初めて人前で語った自らの体験

井黒さんは、その後の人生でも「被爆」を背負い続けることになった。
結婚の翌年に経験した流産。一部の人から浴びせられた心ない言葉に深く傷ついた。

心ない言葉に深く傷ついたという井黒さん

井黒キヨミさん:
私はケロイドも何もないし、原爆に遭っても被爆者という感じはしていない。でも、流産したら原爆のせいと。もう自殺しようかとも考えた。私もノイローゼのようになって、勢いで家を出た。夫には「身を引きます」と書いて手紙を出した

離婚して単身で上京したこともあった。東京では、原爆のことはほとんど話さなかった。

井黒さんのおい・井原和洋さん:
きょう初めて聞いた。死のうかと思ったとか。それぞれの人生があることを考えると、少し他人に優しくなれるのかな、尊重できるのかなとか思いますよね

井黒さんは、82歳で約4カ月間の旅に出た。世界各地へ平和のメッセージを届ける「ピースボート」での船旅だ。

平和のメッセージを届けるため世界一周の旅へ

カナダ在住の著名な被爆者・サーロー節子さんなど、多くの広島、長崎の被爆者とともに過ごし、そこで初めての経験をした。

トルコ・イズミールの会館で被爆体験、初めて話す。拍手をもらい、貴女の折り鶴下さいと云われ、被爆の事も少し分かって頂いたようで安心した

これまで人前で話す機会がなかった自らの被爆体験だった。
井黒さんは、帰国後も精力的に活動し、2010年にはNPT再検討会議に合わせ、アメリカ・ニューヨークを訪れて反核の声を上げた。

井黒キヨミさん:
原爆は、もう私としては過去のこと、今になってみればね。でも、核廃絶は絶対にしてもらいたい

“核核兵器使用”に抗議「自分たちの行動が力になれば」

井黒さんには、欠かさず続けていることがある。毎月9日の午前11時2分、平和公園にある長崎の鐘を鳴らしている。

井黒さんは長崎の鐘を毎日鳴らしている

ロシアがウクライナに侵攻して約2週間。井黒さんは、一日も早く平和な日常が戻ることを強く願っている。

井黒キヨミさん:
4年前に、弟がウクライナに行っている。子どもたちの目がキラキラして、平和は尊いものだとつくづく感じたと話していた。そのことを思いながら(鐘を)ついた。避難民を見ると、原爆当時に長崎でも苦しんだ人たちのことを考えますね

井黒キヨミさん:
やっぱり戦争が早く終わってね、みんなが自分の家に帰ることができるような環境になればいいねと思う

ロシアによるウクライナ侵攻では、プーチン大統領が核兵器の使用もちらつかせ、緊迫した状況が続いている。
これに対し、被爆地ナガサキからも「二度とあの過ちを繰り返してはならない」と強い抗議の声が相次いでいる。
井黒さんは、自分たちが行動することで「少しでもウクライナの人たちの力になれば」と話す。

95年間の被爆者の思いをつづった自叙伝「私の人生」。
平和な世界の実現への願いを込めて、これからもつづられてゆく。

(テレビ長崎)

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