東日本大震災から11年。津波の一部始終を捉えた動画が2021年11月、初めて公開され大きな反響を呼んでいる。撮影したのは当時中学生だった男性。葛藤を抱えながら公開に踏み切った理由をカメラの前で語ってくれた。

家が壊され…高台に避難しながら撮影

「水が急に引いていきます」

動画は地震の発生から10分後、潮位が変化し始めたところから始まる。

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「あそこから撮影すっぺ」

高台に避難しながらカメラ付きの音楽プレイヤーで撮影された動画は、津波の一部始終を記録していた。

「めちゃくちゃ高い。海面が防波堤の上です」

撮影開始から数分後、ついさっきまで陸地だった場所は海と一体になり、住宅が次々と飲みこまれていく。

「階段が…家が壊されてしまいました」

動画が撮影されたのは、宮城県気仙沼市三ノ浜地区にある鶴ヶ浦漁港。撮影したのは、当時中学3年生だった畠山亮さんだ。

畠山亮さん:
上に神社があって鳥居があった。動画にも映っていたんですけど、この階段を上がって避難しました。動画を撮りながら

あのとき、なぜ動画を撮影しようと思ったのか…。畠山さんもはっきりとは思い出せないという。

畠山亮さん:
最終的にはここですね。ここから、こうやって撮っていました

三ノ浜地区で津波の犠牲者はいなかったが、親しい知人を亡くした畠山さんは、この動画を誰かに見せようとは思えなかったという。

畠山亮さん:
自分自身が見たくなかったので…映像もそうなんですけど、音ですよね。家が壊れていく音、サイレンの音。サイレンの音は一番きつい。当時のことを一気に思い出す

以来、動画を記録した音楽プレイヤーは畠山さんの部屋に置かれたままとなっていた。

動画公開が震災と改めて向き合うきっかけに

畠山さんは現在、気仙沼市内の飲食店で店長を務めている。畠山さんが動画を公開しようと思ったきっかけ。それは親しい取引先の人との何気ない会話だった。

すがとよ酒店 菅原英樹 店長:
どうしてそういう話になったかは覚えてないけど、亮君から「津波の動画を撮った」と聞いて。私自身も家族を津波で亡くしていて、減災というか、同じ思いをする人がこれ以上出ないでほしくて

畠山さんは菅原さんの思いに触れ、動画を菅原さんに預けることを決意した。

畠山亮さん:
菅原さんが「世のため、後世に伝えていくために動画を載せた方がいい」と。その押しがなかったら多分、持ってきていないと思う

動画は2021年11月、動画共有サイトで公開された。わずか3カ月で再生回数は1000万回を超え、反響は国内のみならず世界中に及んだ。動画を公開したこと、それは畠山さん自身が心のどこかで避けてきた震災と改めて向き合うきっかけにもなった。

畠山亮さん:
大きくは変わっていなかった。動画を投稿するまで、震災のことで心境は大きく何も変わっていませんでした。動画を出してからです、すべてが変わったのは

畠山さんが伝えたいこととは…。

畠山亮さん:
いろんな人に津波の現実を知ってもらった。見てもらったことに意味がある。これが現実なんだよ

(仙台放送)