アメリカの映画の祭典、2022年のアカデミー賞で今回、歴史的な瞬間が見られるかもしれない。大注目の日本映画「ドライブ・マイ・カー」は、これまでにカンヌ国際映画祭で脚本賞などを受賞したほか、ゴールデン・グローブ賞や全米映画批評家協会賞を受賞するなど賞レースで快進撃が続いている。

期待が高まるアカデミー賞のノミネート作品発表を目前に控え、外務省の日本文化発信拠点ジャパンハウス・ロサンゼルス主催のオンラインイベントに濱口竜介監督が出席し、アカデミー賞に向けた今の心境を語った。

米紙『ロサンゼルス・タイムズ』で大きく取り上げられた濱口竜介監督
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映画化の決め手は「車の移動が撮れるから」

濱口竜介監督:
アメリカで受け入れられる状況は想像していなかったので、とても驚いています。
アカデミー賞のことを言われますが、こればかりは成り行きということがあるので、どうなるかわからないです。ただ、今の時点で十分評価を頂いているのを感じているし、このことで観客が映画館で見てくれるのが一番うれしいです。もしこれで何か起きたらご褒美みたいなものですね。

穏やかなトーンで、時折笑顔を見せながら語った濱口監督。
今回の作品は村上春樹さんの短編小説が原作となっているが、イベントでは、数ある村上作品の中から「ドライブ・マイ・カー」を映画化することになった経緯についても明かした。

ジャパンハウス・ロサンゼルスのオンラインイベントに出席した濱口監督(左上)

濱口竜介監督:
村上春樹さんの文章は、リアルとファンタジーの間みたいなところがあって、映像化することは基本的には難しいと思います。でもこれが映画になると感じたのは、“移動”が撮れるからです。ここではないどこかへ向かっていく“車”というものを通じて空間の広がりを感じられる、それはとても強い現実的な“重し”みたいなもので、観客に強い現実感、空間の感覚を与えてくれるものだと思いました。

そして、この映画がアメリカでも支持されている理由についてはこう分析した。

濱口竜介監督:
やっぱり村上さんの小説世界の普遍性が根本にあると思います。今回は村上さんの長編では特に扱われているような、ある種の喪失があって、そこからどうやって希望を見出すかという再生の物語です。その物語の構造自体も普遍性があり、それが運よくアメリカの観客に受け入れられたのだと思います。そして、その世界観をある程度映画にするという責任が果たせたのかなと思っています。

©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

橋とトンネル、そして無音の世界

今回の映画は「移動」が大きな意味を持つと語った濱口監督。物語では主人公の乗る車が橋を渡ったり、トンネルを抜けたりして進んでいくシーンが印象的に描かれている。

濱口竜介監督:
自分が橋を選ぶのは多層性ということだと思います。一つのレイヤーからもう一つのレイヤーへ移動しているということです。トンネルは目隠しをされていて、どこを走っているのか分からないので、より抽象度が高い空間になっています。物語後半へ行くにつれトンネルの描写が増えているのは、映画の抽象度がどんどん上がっているのに対応しているし、時間も空間もどこか凝縮されたものになっていきます。潜り抜けることによって、役者たちの体、キャラクターも変わっていっているし、それが観客にも届く変化になるのではないかと思っています。

また、物語の後半、雪景色の中で無音の世界が広がるシーンに込めた意味についてはこう説明した。

濱口竜介監督:
自分自身もこの場面はとても気に入っていて、物語のキャラクターも研ぎ澄まされていっているという感覚があります。「何で無音なの?」とよく聞かれるのでその度に考えるんですが、一つの理由は、雪が音を吸って音がほとんどしない空間に入っていくという感覚を強調するため。
もう一つは、観客に耳を休めてもらうためです。この空間で最も重要な会話が始まるので、観客の集中、感覚、感受性を一番高めてもらわないといけない、そのために無音の空間が入っています。ここに至るまでに、たくさんの言葉に埋め尽くされてきた中で、最終的に沈黙をいったんくぐって、最後に本当に言うべきことに辿り着くというプロセスとしてこのドライブシーンがあるし、それがある種の目的地、彼らが辿り着くべきゼロ地点に着いたということを示すためにこの場面があるのではないかと今は思っています。

©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

本読みを経て生まれるフィクションとリアリティの“間”

「演技というのはある種の神秘、謎がある」。
オンラインイベントで濱口監督は「演技」についても独特の表現で持論を語った。

映画には「舞台の稽古をする俳優たちが、あえて感情を込めずに台本の読み合わせを繰り返す」というシーンが出てくる。これは実際に濱口監督が撮影現場で行っていて、とても大切にしているプロセスだ。それによって「本当に物語に出てくるその人なのではないか」と観客に思わせる次元の演技を引き出すという。

濱口竜介監督:
テキスト(台本)というのは必ず意味があるわけです。意味というのは一つとは限らなくて多様な意味があります。まずい演技というのは、そこからたった一つの解釈を固定して選んでしまう。悲しかったら悲しい、うれしいならうれしいと想定して演技をしてしまう。そうすると悪い意味でのフィクションしか映りません。
それを避けるために本読みがあります。本読みの時に無感情のまま何度も読んで記憶し、多義的なまま体に保存して無解釈に受け入れてみるということです。

©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

濱口竜介監督:
テキストの意味がいつ決定されるかというと、俳優と俳優の間で決定されます。テキストに応じて相互作用が生じてその場限りの演技が生じることがあると思っています。そうすると、明らかに書き言葉の台詞でフィクションだとみんなが分かっていても、その俳優二人には本当のことがあるのではないかと感じさせる、フィクションとリアリティの“間”みたいなものが生じるような気がしています。

撮影中断を乗り越え

順風満帆に見える「ドライブ・マイ・カー」だが、実は新型コロナウイルスの影響で、制作が約8カ月遅れてしまっていた。ただ、多くの言語や手話が用いられるこの映画の撮影には想定していた以上の苦労があり、元々のスケジュールでは「現場が崩壊していたかもしれない」と打ち明けた濱口監督。新型コロナによる撮影の中断によって、逆に十分な準備をすることが出来たという。

アカデミー賞では国際長編映画賞のほか、日本映画初となる作品賞にノミネートされる可能性も出ている。ノミネート作品の発表は日本時間2月8日午後10時過ぎ、授賞式は現地3月27日の予定だ。

【執筆:FNNロサンゼルス支局長 益野智行】

益野 智行
益野 智行

FNNロサンゼルス特派員。関西テレビ入社後、大阪府警記者クラブ、神戸支局、災害担当、京都支局などを経て現職。

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国際取材部
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