突然目の前のものが分からなくなる

男性は日常を写真に残している。
その一枚がなければ、ただ消えていくだけ。
写真で「かけがえのない記憶」をつないでいる。

下坂厚さん(48)。
2年前、46歳の時にアルツハイマー病による若年性認知症と診断された。
仕事を辞め、住んでいた家を売却。
今は賃貸アパートで、妻の佳子さんと2人で暮らしている。

突然、目の前にあるものが何か分からなくなる。

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誰ともつながれず、引きこもっていた時期も

若年性認知症を患う下坂厚さん:
言葉では1時間とか60分とか1カ月とか1年とか、言葉では時間の表現ってわかるんですけど、実際の感覚としての時間は全くわからない。
見えているものには反応できるんですけど、朝から過ごしてきたものの、つながりとかが持てないというか、つながって考えられないというか、今しか考えられない。

今、お年寄りの通う施設でケアワーカーとして働く下坂さん。
認知症患者の多くは65歳以上で、社会的な支援や制度は在宅での介護や施設への入所など、退職した高齢者を前提としていて、働き盛りの年代に合致するものには限りがある。

診断直後、下坂さんは誰ともつながることができず引きこもっていた時期があった。

若年性認知症を患う下坂厚さん:
認知症になったら徘徊するとか自分のことが分からなくなるとか…そういうイメージしかなかった。もう自分の人生終わったかなと思いました。
一番思うのは、住宅ローンあるし、この先返していかれへんなとか、どうしていこうかとか思ったときに、死んだら保険金でチャラになるかなとか。
どんな支援が受けられるのかとか、調べれば調べるほど分からなくなっていく。(認知症になって)精神的なショックが大きい中で、自分でそれを探さなあかんというのはしんどい

写真とメッセージをSNSで発信

下坂さんは”若い患者”の状況を理解して支えてくれる支援員とつながったことで、今の仕事に就くことができた。
お年寄りの笑顔にふれることで、境遇を受け入れられるようになった。
そして、認知症であることを公表し、写真とメッセージをSNSで発信するようになったのだ。

下坂さんの周りには、支援員や同じ境遇の人たちがいる。
コロナの影響でなかなか実際に会えないが、オンラインで今まで会えなかった全国の仲間とつながっている。

オンラインでの仲間との会話で、下坂さんは「夢は何ですか?」と聞かれた。

若年性認知症を患う下坂厚さん:
写真を通じて人に感動を与えたりとか、自分が見える認知症の世界を知っていただく機会だったり、写真を通じてこの先何かやって行けたらなって気持ちがある。それが今の自分の夢かもしれません

限りある時間だからこそ、伝えたいことがある。

下坂さんの支援員・清水真弓さん:
下坂さんは自分で気づいてから診断が早かったので動きやすかった。(受診する)タイミングがよかった

若年性認知症を患う下坂厚さん:
タイミングが早いってのが大事なんだよっていうのを知ってもらいたい。自分はタイミングが良かった、ああ良かったというだけではなく、そこは使命感じゃないですけど、伝えないといけないと思います

下坂さんは同僚の名前を忘れるなどの異変に気いた時に、すぐに診察を受け、若年性認知症と診断された。
今は進行を遅らせるための薬を飲んでいる。

若年性認知症は、わずかな異変を感じても診察を受けずに働き続けるケースが少なくない。
周囲が症状に気付く段階になってからでは、寝たきりになったり感情を制御できなくなったりして、社会活動も日常生活も困難になる。

いつも寄り添う妻「私を忘れるのが一番怖い」

いつ誰がなるか分からない病。
早期の対応ができた自分の姿を見てもらう。
その思いで続ける活動が一つ形になった。

京都で開いた「記憶をつなぐ写真展」。
写真を通して下坂さんの記憶とつながる。
訪れた認知症の人も、認知症じゃない人も時間と思い出を共有することで輪が広がる。

若年性認知症を患う下坂厚さん:
つながりができていく中で自分は一人じゃないっていうか、進行はしていくかもしれないけど、どこかで誰かが助けてくれる。それは自分にとっても家族にとってもありがたいこと。

いつかは忘れてしまう。
写真がないと思いだすこともできない。
撮っては見る、を繰り返して「今」をつなぐ。

写真にはいつも寄り添う大切な人がいる。

下坂さんの妻・佳子さん:
診断受けてから何週間か一カ月か分からないけど、病気のことについては何も話さなかった。最初の頃や一人の時はいつも泣いてた。私を忘れるのが一番怖い…いつか私のこと忘れてしまう、私のこと忘れるんちがうん?って聞いたら、『そんなはずないやん』って言ってくれた

下坂さんの妻・佳子さん:
どっかで、なんかウソでありたいなっていうのを今でもどこかで信じてるってのがあるから、実際、主人も進行を感じてるっていう言葉を本人の口からきくと、ああそうやんなあって、現実なんやって。
進行ができるだけゆっくりであってほしい。主人が自分で自覚できるっていう期間が、できるだけ長くあってほしい。
そら、私のことを忘れんといてなっていうのがあるけど、少しずつ進行するなかでも、こういう生活が長く続けばいい

不確かな日常が続く。
自分のことさえ分からなくなる恐怖もある。

それでも、大切な瞬間を、大切な人を忘れたくない。
シャッターを切るその指に願いを込める。

(関西テレビ)