警察の「紋章」を見たことはあるだろうか。警察署の玄関などに、光り輝くシンボルマークとして掲げられている。実はこれの多くが陶器、いわゆる焼き物で作られているとして話題になっている。

まずはこちらを見てほしい。11秒の動画に映るのは、工場で職人が作業をしている様子。そして傍らには…見覚えのあるものが!輝いてはいないが、確かに警察の紋章だ。

確かに警察紋章の形をしている(金谷さんのTwitterより)
確かに警察紋章の形をしている(金谷さんのTwitterより)
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動画の投稿者は、デザインの提案事業などを行う、セメントプロデュースデザインの代表・金谷勉(@cementblue)さん。福井県福井市の企業・廣部硬器を見学したときに撮影したもので、焼き物とは思えないレベルだったという。

廣部硬器はセラミックス造形品を手掛けていて、製造した紋章は各地の警察や消防に採用されている。従業員数は約15人(2021年11月時点)と規模が大きいわけではないが、警察紋章においては国内シェアの約7割を誇るそう。消防紋章でも約半数のシェアがあるという。

廣部硬器(画像提供:廣部硬器)
廣部硬器(画像提供:廣部硬器)

黄金色に輝く紋章はどのようにして出来上がるのだろうか。廣部硬器の担当者に聞いた。

100万円超えも…製造の秘密に迫る

――廣部硬器ではどんな紋章を販売している?

年間で約300個を出荷しています。このうちの約50%~70%が警察紋章です。大きさは直径10センチほどから、直径90センチ以上まであり、価格も異なります。例えば、警察紋章だと直径30センチで7万2000円、直径95センチで95万円です。消防紋章だと100万円以上の製品もありますね。※価格はいずれも税抜

警察紋章や消防紋章(画像提供:廣部硬器)
警察紋章や消防紋章(画像提供:廣部硬器)

――紋章を手掛けるようになった経緯を教えて。

弊社は昭和31年(1956年)創業です。当時、紋章は木や金属で作るのが一般的だったのですが、年月を経るとボロボロになっていたそうです。創業者がこの問題を何とかできないかと、腐食しにくい焼き物で作り始めたのがきっかけと聞いています。

創業者と警察紋章(画像提供:廣部硬器)
創業者と警察紋章(画像提供:廣部硬器)

――セラミックの紋章の耐久年数は?

半永久的に使えるものとして納めています。交番を改修するとき「紋章はきれいだからもう一度使えないか」と言われたり、昭和30年代に作ったものがまだついていたこともあります。

ただし、セラミックには弱点もあり、硬い物で叩かれたりすると割れることがあります。取り付けの際に落下させた、足場に当てたということもありますね。警察や消防関係の建物が移転・新築するときには、紋章も新しくすることが多いです。

製造工程を解説!裏には“謎の突起”

――紋章はどのようにして作られるの?製造工程を教えて。

ざっくりと説明すると、(1)紋章の型をとるための原型を作ります。(2)原型に石膏を流し込んで石膏型を作ります。(3)石膏型に液体状の粘土を流し入れ、時間をおいて取り出します。この粘土が製品の基になります。(4)取り出した粘土をしっかりと乾燥させます。

石膏型。ここに粘土を入れる(画像提供:廣部硬器)
石膏型。ここに粘土を入れる(画像提供:廣部硬器)

(5)完全に乾いたら、紙やすりで研磨します。(6)釉薬(表面を覆うガラス質)を吹きつけます。弊社では焼くと透明になる「透明釉」を使います。(7)約1300度の窯で本焼きしたものに、金液を吹きつけて乾燥させて、約800度の窯でもう一度焼き上げると完成です。

製造工程の主な流れ(画像提供:廣部硬器)
製造工程の主な流れ(画像提供:廣部硬器)

そしてお客様によって金具の加工などをさせていただき、梱包・出荷となります。


――紋章の裏面には突起のようなものがあるが、これは何?

いいところに目をつけていただきました。裏面には複数の突起があり、穴が開いているものはボルトなどの金具を付けるためのものですが、それ以外も支えの役割があります。何を支えるかというと、製造工程ではドロドロの粘土を石膏型に入れるので、取り出す段階ではまだ柔らかく、紋章の形が潰れてしまうことがあります。また、乾燥や焼成段階でも形が縮んでしまいます。突起があることで、こうした時の変形を防ぐことができます。

裏面の突起には役割があった(画像提供:廣部硬器)
裏面の突起には役割があった(画像提供:廣部硬器)

――製造工程でのこだわりや苦労は?

手作業と一つ一つの工程に工夫があることですね。例えば、粘土は季節で乾きやすさ、水分の抜けやすさが違うので、外すタイミングを考えます。釉薬を付ける工程でも濃すぎたりすることもあるので、次はこうしてみようと改善するように心がけています。

窯入れ準備の様子。一つ一つが手作業(画像提供:廣部硬器)
窯入れ準備の様子。一つ一つが手作業(画像提供:廣部硬器)

苦労は焼き物ならではで、窯から出さないと状態が分からないところです。大きなものほど外側が縮んで引っ張られるので、割れたり切れたりが発生しやすいです。小さな紋章だと10個のうち8個ほどが製品となりますが、大きな紋章は10個のうち1個が製品となるかどうか…といったところです。窯を開けたら真っ二つということもあります。


――製造にはどれくらいの期間がかかるの?

小さな紋章だと1カ月くらいですね。直径80センチ以上だと「3カ月はみてください」とお伝えしています。一つの完成品を作るために何個も作るので、3カ月でも厳しいです。在庫切れは起こさないようにしているのですが、納期に間に合うかどうか…ということもあります。

紋章は“焦げ茶色”を経て金色に輝く

――紋章が金色に輝く仕組みはどうなっている?

企業秘密の部分もありますので詳しくはお伝えできませんが、高温で本焼きした後に表面に金液をスプレーガンで吹きつけます。その時は焦げ茶色に見えるのですが、約800度の窯で焼くと金色に輝くようになります。

二度目の窯入れ前。紋章は焦げ茶色(画像提供:廣部硬器)
二度目の窯入れ前。紋章は焦げ茶色(画像提供:廣部硬器)

――完成品はどのように購入者に配送される?

割れ物なので、段ボールにクッション材を入れ、紋章をさすようにして置き、その上から発泡剤を充填してお送りします。一つ一つが手作りなので、キャンセルなどで返品されたときには「この子出戻ってしまった。お嫁に行けなかった」という声が出ることもあります。

クッション材で丁寧に梱包(画像提供:廣部硬器)
クッション材で丁寧に梱包(画像提供:廣部硬器)

――ネットでは焼き物であることに驚く声もあった

実は福井県でも、紋章が粘土で作られていると知らない人は多いです。建物についた状態だと金属に見えますよね。私たちは見かけると「うちの紋章だな」と思ったりもします。どこかで紋章を見た時、廣部硬器を思い出していただけるとうれしいですね。
 


光り輝く紋章は丁寧な手作業のたまものだった。廣部硬器では寺紋や家紋、校章、シンボルマーク、点字用のタイルなども製造しているという。

家紋なども製造している(画像提供:廣部硬器)
家紋なども製造している(画像提供:廣部硬器)

警察署や交番などの入り口で見かける、あのマークが実は陶器だったとは驚きだ。あなたがふと、街で見かけたものも、実は焼き物でできているかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。