赤ちゃん”取り違え” 「実の親」を調べてと提訴

「自分は何者なのか、知りたいです」 江蔵智さん(63)の口から出たのは、切実な願いだった。江蔵さんは、1958年4月10日、東京・墨田区の都立産院(すでに閉鎖)で生まれた。そして、その病院で、別の赤ちゃんと“取り違え”られた。江蔵さんは、5日、東京都を相手に、「実の親」が誰なのか調査することなどを求めて裁判を起こした。

提訴後の記者会見に望む江蔵智さん(63)(5日 東京・千代田区)
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血のつながりがない両親のもとで育った江蔵さん。幼少のころから、親戚らが集まると「お前は誰にも似ていない」などとよく言われたそうだ。昔の写真を見比べてみても「弟は父親とそっくりだ」という感想が漏れる。

幼少期の江蔵さんと父母との写真(弁護団提供)

「人生を狂わされた」東京都の責任は認定されたが・・・

“取り違え”が発覚したキッカケは血液検査だった。1997年、母親が体調を崩して入院。その際、不明だった血液型がB型と判明した。父親はO型、江蔵さんはA型。血縁関係ではあり得ない組み合わせ。本当に親子なのか疑いを持つようになった。

2004年、意を決して、DNA鑑定を行った。その結果、父・母ともに、親子関係が存在しないことが分かった。江蔵さんは46歳になっていた。同じ年、両親とともに損害賠償訴訟を起こした。一・二審ともに“取り違え”を認定。東京高裁は「重大な過失で人生を狂わされた」として、合わせて2000万円の賠償を命じた。判決は確定している。

江蔵さんは、裁判と並行して、「実の親」捜しを続けてきた

「実の親」捜しは20年近く続いた そして2度目の裁判を決意

裁判と並行して、江蔵さんは、「実の親」捜しを始めていた。墨田区の住民基本台帳をもとに、自分と誕生日が近い人を尋ねて回った。60件ぐらいの家庭を訪問したそうだ。戸籍関係の書類を情報公開請求するも、墨田区からは「黒塗り」のものが戻ってきた。

何度も、東京都に対して調査を求めた。しかし「すでに裁判で終わった話」「もう片方の家族のプライバシ-の問題もある」などと応じてもらえなかった。「実の親」捜しは20年近く続いた。“育ての父”は5年前に亡くなった。“育ての母”は89歳になった。体調を崩して入院中だ。

母親と散歩する江蔵さん(2018年撮影 弁護団提供)

この母も「自分が生んだ子どもがどうなっているか見届けたい。会えるものなら、遠くからでも見てみたい」と望んでいる。個人でやれることには限界がある。江蔵さんは、2度目の裁判を起こすことを決意した。

「元気でいてくれると願っています」 ”家族の物語”は法廷へ

江蔵さん側が求めているのは“意向調査”だ。“取り違え”の相手を探し出した上で、「江蔵さんが連絡を取りたいと言っていますが、どうしますか?」と伝えて欲しいということ。相手と無理やり会うつもりはない。

東京都は「根拠になる法令がない」として「実の親」調査を拒否してきた

弁護士によると、東京都は「根拠になる法令がない」として調査を拒否しているそうだ。取り違えの責任を認めているのに、調査には応じない。その姿勢に矛盾はないのだろうか。

提訴後の記者会見に臨んだ江蔵さん。実の両親については「何を話したいというか、会ってみないと分かりません。元気でいてくれると願っています」と語った。記者の質問に対して「ファミリーヒストリー」という言葉を使った。家族の物語が、法廷に持ち込まれることは残念でならない。

社会部
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フジテレビ報道局社会部

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