人体に入ると、肝機能障害を引き起こす寄生虫の一種「エキノコックス」。自然界ではキツネと野ネズミに寄生していて、人への感染は、主に北海道で確認されている。
この記事の画像(9枚)ところが近年、愛知県の知多半島で捕獲された野犬の感染確認が相次ぐようになった。愛知県では2017年度に3件、19年度に1件、20年度に4件、犬の感染が確認されている。
厚生労働省によると、2021年の犬の感染確認の全国合計は2匹で、2匹とも愛知だった。
そして「エキノコックス」の人の感染例は北海道が多く、毎年10数人の感染が確認されている。厚生労働省によると、2021年の全国の合計は20人で、そのうち北海道が16人。北海道以外では、東京1人、神奈川1人、長野1人、岐阜1人だった。
エキノコックスによる感染症「エキノコックス症」。人にはどのような経路で感染し、人から人に感染するものなのか?
また、なぜ北海道での感染確認が多く、近年、愛知で野犬の感染が確認されるようになったのだろうか? そして、今の日本での感染状況をどのように受け止めればよいのか?
まずは、野犬の感染確認が相次いでいる愛知県の担当者に話を聞いた。
「人から人には感染しない」
――エキノコックス症というのは、どのような感染症?
エキノコックス症とは、寄生虫の一種であるエキノコックスによる感染症です。エキノコックスは、国内では主に北海道に生息しています。
エキノコックスは、「虫の卵」がネズミの体内に入って幼虫となり、そのネズミをキツネやイヌが食べることで成虫となり、成虫が産卵した「虫の卵」がキツネやイヌの便といっしょに体の外に出る、という感染サイクルを繰り返しています。
――人にはどのような経路で感染する?
「虫の卵」を人が口にすることで体内に入ります。「虫の卵」は幼虫にはなりますが、人の体内では成虫になることはないため、卵を産むこともありません。ですので、人から人には感染しない、ということになります。
――人が感染したら、どのような症状が出る?
人のエキノコックス症は潜伏期間が非常に長い感染症です。一般的には、初期症状が現れるまで10年以上かかると言われています。症状は肝臓の腫大、腹痛、黄疸、貧血、発熱やお腹に水が貯まるなどです。
――人が感染しないためには、どのようなことに気を付ければよい?
エキノコックス症の「虫の卵」を体内に入れないことが大切です。
具体的な予防方法としては、野山に出かけ、帰ったときはよく手を洗う、沢や川の生水は飲まない、山菜や野菜、果物をよく洗ってから食べる、などです。また、犬の放し飼いをしないことや、散歩中に犬に拾い食いをさせないことも大切です。
――人に感染する可能性は低いとみて大丈夫?
感染機会は限定されているため、予防方法に努めることで感染は予防できるものと考えます。
愛知県「現在は他県に広がるような状況ではない」
――愛知県ではこれまでにどのぐらいの件数が確認されている?
愛知県において、犬のエキノコックス症は、平成26年(2014年)に初めて届出がされています。その後、平成29年度(2017年度)に3件、令和元年度(2019年度)に1件、令和2年度(2020年度)に4件の発生届が出されています。
人のエキノコックス症は、愛知県ではこれまでに3例(平成20年、平成29年、平成30年)確認されています。このうち2例は北海道に在住歴があり、1例は中国で感染されたと推定される中国出身者の事例です。
北海道では毎年20件程度発生が確認されています。
――今の感染状況、どのように受け止めている?
知多半島で継続的に検出されていることから、一定の感染リスクがあるため、注意喚起が必要と考えています。
――知多半島で感染が確認されている理由について、どのようなことが考えられる?
どのような経緯で、知多半島で確認されるようになったのか、詳しいことは分かっていません。
――何か対策はとっている?
愛知県としては、対策方法を注意喚起するとともに、野犬の糞便検査を行っておりますので、引き続き、状況を注視していきたいと思っております。
――愛知県から他県に広がる可能性は?
現在、野犬における調査を知多半島地域及び隣接する地域に拡大して実施しておりますが、これまで知多半島の隣接地域において、捕獲した野犬からはエキノコックスの検出された例はありません。
確認される範囲が広がれば、他県へ拡大する恐れも高くなると考えますが、現在はそのような状況ではありません。
北海道では「1997年頃から感染者を確認」
一方、エキノコックス症の感染者が毎年、10数人確認されているという北海道。感染者が確認され始めたのは、いつ頃からなのか? また、感染を広げないために何か対策はとっているのか?
北海道の担当者に話を聞いた。
――北海道では毎年、10数人の感染者が確認されているというが、これはいつ頃から?
現存する資料を基にすると、平成9年(1997年)頃から、毎年10数人の感染者が確認されています。
――ここ5年ぐらいの感染者数は?
北海道内における2016年からの感染者数は以下になります。
・2016年:27人
・2017年:28人
・2018年:20人
・2019年:29人
・2020年:23人
・2021年:17人(2021年の第40週=10月10日まで)
――感染を広げないために、何か対策はとっている?
北海道では、エキノコックス症の発生に関することや予防方法などについて、ホームページを通じて、広く道民の皆様に対する普及啓発を図っています。
「キツネの感染率の高さ」が北海道で感染者が多い理由
ではなぜ、北海道での感染確認が多いのか? また、愛知で野犬の感染確認が相次いでいる今の日本の感染状況を、どのように受け止めればよいのか?
エキノコックスの研究をしている、北海道大学大学院(獣医学研究院 獣医学部門病原制御学分野 寄生虫学教室)の野中成晃教授にも聞いた。
――他の都道府県と比べて、北海道で感染者数が多い理由は?
人への感染源となる寄生虫の卵を排出するキツネの感染率が40%を推移しており、エキノコックス症が媒介動物において、高度の流行をしているためです。
――そもそも、北海道ではどのような経緯で感染が始まった?
はっきりと分かっておりません。
1930~40年代に日本で初めて流行が認識された礼文島では、千島列島から人為的に移入されたキツネが持ち込んだとされておりますが、礼文島のエキノコックス症は、その後、終息しております。
現在、北海道に拡がっているエキノコックス症は、1960年代に道東で流行したものに由来すると考えられております。しかしながら、この流行が何に起因するのかは分かっておりません。
「愛知県の例は本州の定着を初めて示唆」
――北海道以外では、愛知県で野犬の感染確認が相次いでいる。日本の感染状況についてはどのように受け止めればよい?
愛知県の例は、本州での流行(定着)を初めて示唆するものになります。
これまで、愛知県の例の以前にも本州で感染動物が見つかった例がいくつかあり、その度に、検出地周辺で動物調査が行われてきましたが、周辺地での新たな感染は見つかってきませんでした。したがって、本州では広範囲な流行はないと考えることができます。
愛知県の事例については、動物での感染率や流行地の範囲などの感染状況が分かっておりません。また、この流行に起因した人の感染が起こっているのかも、分かっていません。
したがって、現在は冷静に、動物間での流行があることを受け止め、自分たちが罹らない(=感染しない)ようにするために、すなわちエキノコックスの卵を飲み込んでしまわないように、流行地では外から帰ったら、手を洗う、山菜やキノコは良く洗うなどの基本的な公衆衛生対策を行うことが肝要であると思っています。
この他、キツネをいたずらに呼び寄せないためのゴミ管理なども有効な手段です。さらに、イヌやネコが感染しないために、放し飼いにしないということも必要な手段です。
愛知県知多半島の感染状況、あるいは、その他の地域での流行検出については、今後の調査に委ねる必要があります。
愛知県で犬の感染確認が相次いでいる「エキノコックス」。愛知県の例は、本州での定着を初めて示唆するものだと言う。しかし今は冷静に受け止め、自分たちが感染しないように、感染が確認されている地域に訪れる際には基本的な予防策を徹底することが重要だ。