静岡・熱海市で発生した土石流は、10月3日で発生からちょうど3カ月が経った。
この土石流によって26人が死亡、今もなお女性1人の行方がわかっていない。大切な家族を失った遺族の思いを取材した。

明るく気丈な母 3週間後に遺体で

瀬下雄史さん(53)。熱海市伊豆山地区に住んでいた母・陽子さんを土石流で亡くした。

瀬下さんは母・陽子さんを土石流で亡くした
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瀬下雄史さん:
なんせ夫婦仲がいい。母も明るく気丈ですし、何事に対しても頑張り屋さんな母でしたね。家族思いでしたし

3週間後に遺体と対面 瀬下さん「よく帰ってきたね」

母親の遺体と対面したのは、土石流の発生から3週間が経ったあとだった。

瀬下雄史さん:
(遺体が見つかるまでは)寝ていても母の悲鳴で目が覚めてしまうような、かなり限界でしたね。「よく頑張ったね、よく帰ってきてくれたね」と、声をかけました

瀬下さんは当時、遺族という立場から、自身の顔を撮影しない形で取材に応じていた。

「母の悲劇を二度と繰り返さない」被害者の会の代表に 

しかし、土石流の起点となった場所で違法な盛り土が行われていたのではないかという問題が浮上してから、瀬下さんは被害者の会の代表として先頭に立ち、盛り土の現在と前の所有者に対する刑事告訴に踏みきった。

瀬下さんたちは盛り土の現在と前の所有者を刑事告訴

瀬下雄史さん:
被害にあわれた方々の全員に共通するところは、怒りが原動力になっているということ。彼ら(盛り土の現在と前の所有者)から謝罪の声を聞きたいということではありません

さらに9月には、瀬下さんを含む遺族・被災者70人が、土地の所有者らに対し32億円余りの損害賠償を求めて提訴した。

遺族・被災者70人が盛り土所有者らに約32億円求め提訴

都内での仕事のかたわら被害者の会の会長を務め、動き続けてきた3カ月。熱海に足を運ぶことに、気が重くなることもあるという。

瀬下雄史さん:
時々で違いますけど、熱海に来るのが気が重い時もありますね。激動の月日だったので本当にあっという間だったなというところもありますし、この短い間にいろんなことが起きたので、振り返って考えることも、今はまだできていない状況です

怒りと悔しさを原動力に行動してきた瀬下さん。その思いは、「二度と繰り返さない」という使命感に変わってきたという。
そこには、常に母・陽子さんへの思いがある。

母・陽子さんへの思いが瀬下さんを突き動かす

瀬下雄史さん:
亡くなるなら、布団の中であってほしかったですよね。もっと長生きしてもらって親孝行もしたかったですね

母の後を追うように父も…「天国で2人仲良く」

土石流の発生から約1カ月後、病気で入院していた父・敦雄さんも、陽子さんの後を追うように亡くなった。敦雄さんには、陽子さんの死を伝えていない。

父・敦雄さんも1カ月後に逝去 陽子さんの死は伝えていない

瀬下雄史さん:
(父は)記憶にも障害が出ていましたし、伝えたところで悲しむ、苦しむだけですから、そこはもう伝えるのはやめようと兄弟で話し合って決めました。最終的に2人を一緒の墓に入れることができたので、また天国で2人仲良くやってくれたらなという思いから、ほっとしています

発災から3カ月。瀬下さんを突き動かすのは、「同じ気持ちを他の人に感じてほしくない」という思いだ。

瀬下雄史さん:
こうした被害をもう起こしてはいけない。起こさないためには、我々は何ができるんだと考えながら、しっかりやるべきところをやっていこうと思っています

瀬下さん「同じ気持ちを他の人に感じてほしくない」

妻を亡くした男性「妻は孫の紙飛行機で空へ」

田中公一さん(72)。
土石流によって、自宅にひとりでいた妻の路子さんが土砂にのまれ亡くなった。

田中公一さん:
うちの建物が建っていたのがあそこのコンクリート。あの近辺に女房がいたんじゃないかな

田中さんの自宅があった場所で

ひょうきんで明るい人柄だったという路子さん。
子育てが一段落し、2021年の秋には夫婦で旅行に行く予定だった。

この秋には夫婦旅行を計画していた

路子さんの葬儀は発災から1カ月後に行われた。

田中公一さん:
女房は孫が作った紙飛行機で空へ行ったと思います。(紙飛行機を)棺の中に入れて火葬場の煙を見ていて、3歳の孫がそういったそうです。だから、ありがたいなと思って

田中さん「女房は孫が作った紙飛行機で空へ」

妻が望んだ「楽しく生きる」…これからは子や孫と一緒に

田中さんは自宅をなくした後、親族の家を間借りしていたが、9月末からは熱海市の市営住宅で一人暮らしをしている。
少しずつ新しい暮らしを始めている田中さんだが、路子さんのいない毎日にさびしさを感じている。

9月末から市営住宅で一人暮らし

田中公一さん:
通常でもそんなに会話するわけではなかった。(以前と)変わらないと思うのだけど、間がもたない。(妻は)その辺をちょろちょろしてたのだけど、それがいないだけでやっぱり気持ち的に違うよね

それでも、田中さんが楽しく生きることを望んでいたという路子さんのために、前を向いて進んでいこうという思いだ。

「楽しく生きる」が路子さんのモットー

8月からは造園業を再開し、生活再建にも力を注いでいる。
自宅のあった場所から500m離れた作業場の土地に、家を建てる予定だという。

田中公一さん:
子供や孫たちと楽しく過ごす。そういう時間に、これからの10年くらいをしたいな

田中さん「(妻が望んでいたように)子供や孫たちと楽しく過ごしたい」

土石流の発生から3カ月。
大切な人を失った悲しみの中で、それぞれが前を向きながら、少しずつ時間が動き始めている。

(テレビ静岡)