新型コロナのワクチン接種に関する都民へのアンケート結果が26日、東京都から発表されました。この調査を行った東京都の「東京iCDC(東京感染症対策センター)」リスクコミュニケーションチームのリーダーで、政府の新型インフルエンザ等対策推進会議委員の奈良由美子放送大学教授に話を聞きました。
国や自治体に伝えてほしい3つの情報
ーー現在の感染状況をどうみていますか
「爆発的な感染拡大」「災害級の」とも表現されるような感染状況のなか、自宅療養を余儀なくされるかたが増えるなど、不安を感じているかたも多いと思います。こういう状況において、国や自治体、専門機関には、実効性のあるリスク管理を行うとともに、3つの情報を送ってほしいと思います。
1つはリスクの特性や大きさの客観的な分析情報、2つめはリスク管理機関がとっている・とろうとしている具体的な対策・対処方針に関する情報、そして3つめはリスクを小さくするために個人がとりうる対策についての情報です。この3つをセットで出すことが大切です。
とくにリスク管理に関する情報は重要です。ひとは、それまで意識していなかったリスクについてただ知らされるだけでは、不安が高まったままになるからです。恐怖だけを喚起されても思考停止に陥ることもあります。個人が何をできるかを知り、自分ならできると信じて実行することは、リスクを客観的に小さくするだけでなく、不安を小さくすることにもつながります。
リスクを完全にゼロにすることはできません。しかし、段階的に小さくすることは可能です。個人のレベルで言えば、まずは、マスク着用や密を避けるなど、基本的な感染予防の徹底することですね。そしてもし自分が感染して自宅療養者になったら、あるいは家族がそうなったら、と想定して、自然災害に備えるのと同じように準備をしておくことも、現在の深刻な感染状況のなかでは必要だと思います。
例えば体温計やパルスオキシメーター、経口補水液、レトルトのおかゆ等を準備しておく。医療機関や緊急連絡先をあらかじめ確認しておく。また、感染しないためには・感染した場合にはどうするかを家族で話し合っておくことも重要です。症状変化の際の対応や家庭内感染の防止策等について、厚労省や東京iCDCといった機関が自宅療養に関する留意事項やハンドブックを発信していますので、そういった情報にあらかじめ目を通しておくことも有効だと思います。
ーー政府に求めたいことは
「人はコミュニケーションせずにいられない」という言葉があります。明確な言語によるメッセージだけからでなく、表情、仕草、身につけているもの、ふるまい、ある行動をとった(とらなかった)などからも、相手は実に多くのメッセージを受け取っているのです。その意味で、コロナ対策についての明確なビジョン、ポリシーを伝えてきれていない政府のコミュニケーションには問題があると言わざるを得ないと思います。
例えば、「なんとしても感染拡大を抑える」との言語メッセージを送りながら、昨年はGo To トラベル、今年はオリンピックがありました。これに対しては、「災害級の感染状況と言うならば東京は被災地ということになり、そこで大イベントをするというのは、いったいどういうことなのか」「感染拡大防止のためだからと国民には外出の自粛を求めているのに、国境を越えての人流をうむというのは、どういうことなのか」といった声が、国民から多く聞かれます。つまり、国民は矛盾するメッセージを受け取っているということです。
研究活動の一環として、2020年4月から全国の市民のかたがたと対話型ワークショップを続けています。国や行政のコロナ対策をめぐっては、市民の皆さんから一貫して語られる言葉が3つあります。それは、『ビジョン』『エビデンス』『サポート』です。
このうち『エビデンス』については、「緊急事態宣言の発令や解除の判断の根拠が分からない」「飲食店への時短協力要請の根拠が知りたい」「オリンピック開催の判断根拠が分からない」「調べてみると、基準があることが分かった」など評価できないという声と少ないですが評価できるという声があります。
また、『サポート』についても、「経済的な補償がほしい・足りない」「補償してもらって助かった」「情報提供の支援が足りない」「あって良かった」と、両方の受け止めがありました。
しかし、『ビジョン』については、評価できるという受け止めは見られません。「政府のビジョンが見えない」「どのようなポリシーでコロナ対策を行おうとしているのかが分からない」「場当たり的に感じられる」「迷走している」といったような声ばかりです。
日本はどのようなビジョンを持ち、どのようなポリシーでコロナに向かいあうのか。これを早い段階で明確に打ち出し、国民と共有しておくべきだったと思います。さらには、そのメッセージと一致した施策を打ち続けることが重要でした。むろん、未知のウイルスを相手にして、時々刻々と状況が変わるなかでは、施策の内容、場合によってはポリシー自体の修正が必要なこともあるでしょう。しかしその場合でも、修正の根拠・エビデンスを示すべきです。
ニュージーランドや台湾は感染流行初期からコロナを押さえ込むポリシーを国民にメッセージとして発信し、そのメッセージと整合した施策がとられてきました。たとえわずかでも感染者が出るとロックダウンや厳格な警戒措置をとりますが、ポリシーが国民と共有されているため、すぐに実行できます。
一方、ゼロ・コロナ政策の是非は別として日本はそこにぶれがあるので、緊急事態宣言が出ても実効性のある施策としては機能しきれていません。言っていることとやっていることが違うから国民は戸惑い、反発さえ生じます。さらに深刻なのは、このようなことが繰り返されるなかで次第に信頼が失われていっていることです。いずれ新型コロナが収束して社会を立て直すときに一番必要なことは人々の信頼です。
ーーメディアの発信について
感染流行が長く続き閉塞感のあるなかでは明るいニュースがあることは大切で、その観点からオリンピックでの選手の活躍ぶりが報道されたことは良かったと思います。ただ、それまでの感染を伝えてきた内容や報道量から一変した手のひら返しの印象がありました。オリンピックの最中も感染状況や医療体制は悪化を続け、深刻化していましたので、そうした状況を、例えばL字画面などを活用して伝えてほしかったです。
それから、若者の路上飲みを盛んに取り上げていましたが、実態としては、自粛をしている若者のほうが多いのです。東京iCDCが行ったアンケート調査でも20代30代の若年層の約9割はマスクをし、8~9割は密を避け、7~8割は家族以外との会食をひかえるなどして自粛生活を送っています。
これは若い世代だけではありません。居酒屋で大人数でお酒を飲んでいる40代50代の人たちの映像もそうですが、実際には会食を控えているかたが多い。自宅で食事をしている姿は、絵としては地味かもしれませんが、どれもこれも、このコロナ禍のなかでの現実の姿であって、世の中では起きていることをバランスよく伝えてほしいと思います。
感染症パンデミックは「螺旋」状に推移する災害
ーーコロナ禍の学生の状況は
4年間の大学生活のうち、2年近くがコロナ禍での自粛生活で占められてしまっています。オンライン授業でキャンパスにも行けない、アルバイトもできないという学生が多くいます。実際、全国大学生協連が行った調査では特に新入生が感じているのは「孤独」でした。また、経済的にも厳しい状況になっている学生も増えています。ひとりで抱え込まずに専門機関や周囲の人に助けを求めてほしい。
さきほども述べたように、ほとんどの若い人は感染防止対策を続けています。コロナのパンデミックを乗り越えるために、大切な役割を果たしています。若い人たちが社会貢献への徒労感や政治に不信を抱えたまま社会に出ることは将来の大きな不安要素になりえます。若い人を感染拡大の加害者のように扱うのではなく、感染防止への感謝やねぎらいの言葉を伝えたいと思います。
一方で若い人はレジリエント(しなやかな強さ)でもあります。「僕たちは大学に入ってからずっとこうで、これしか知らない。この生活の中で楽しみを見つける」という学生もいます。コロナが収束したあと、若い人たちのこうしたしなやかな強さが社会を作っていくのだと思います。
ーー今後の感染状況は
わたしは感染症学の専門家ではないので詳細なことは答えられませんが、しかし、おそらくは収束までにはまだ時間がかかるでしょうし、「災害」と呼ばれているような状況もすぐには終わらないと思います。感染拡大は全国規模になっていて、病床が逼迫するなか、患者の広域搬送を試みてもどこも受け入れが困難になっているなど、もはや広域災害の様相をみせています。
そもそも、感染症パンデミックは「災害」です。国連防災機関 (UNDRR)は、生物学的ハザードによる感染症パンデミックを、災害として明確に位置づけています。
自然災害は、発生から救出活動、避難所や仮設住宅の設置、復旧、復興と「直線」状に推移していきます。いっぽう感染症パンデミックは感染が拡大したりおさまったりが繰り返される「螺旋(らせん)」状に推移する災害です。誰もが長期に渡って疲弊することになります。
市民からは「せっかく私たちがここまで自粛して時間稼ぎしたのに」という声を聞きます。「時間稼ぎをしているあいだに、政府は有事に対応できる医療システムの検討やロックダウンを行う場合の法整備をしてくれると思っていた。だけど、しなかった」という声です。
「これまでに、誰が、何をすべきだったのに何ができなかったのか」については、検証したうえで今後の教訓として次のパンデミックに活かしていかなければなりません。それとともに待ったなしの深刻な感染状況下にあって、今からでもできる何かを行うには「今」がもっとも早いタイミングです。「公」と「私」それぞれがなすべきことをただちに行うことが必要だと思います。
「ワクチン接種に関する都民アンケート調査結果」
続いて、東京iCDCリスクコミュニケーションチームが行ったワクチン接種に関する都民アンケートの調査結果についても設問ごとに話を聞きました。
(調査:東京都に住所を有する20代から70代までの人にインターネット調査 調査期間:2021年7月16日〜7月17日)
Q1 あなたは新型コロナワクチン接種を受けようと思いますか
全体の8割が、すでに接種したあるいはこれから接種する、と答えています。20代30代の層でも接種済み・接種したいという人が60~75%います。接種しない人をどうするかという議論も大事ですが、まずは、接種したいけれど予約が取れないという状況の改善が必要です。
Q2 ワクチン接種を受けない理由
接種を受けない理由は「副反応が心配」「健康被害が心配」「効果に疑問」が上位です。これらはどの年代、性別でも多く選ばれていますが、年代があがるにつれて、また女性のほうが、これらを理由に接種しない・接種を迷う傾向が強くなっています。
「注射の痛みがいや」「手続きがめんどう・分からない」「外出がめんどう・時間がない」、また「自分は重症化しない」といった理由は、男性で比較的多く見られます。とくに「感染しても自分は重症化しない」は、20代男性に顕著に多くなっています。デルタ株の置き換わりで若年層でも重症化するリスクが高まっているという客観的事実を伝えていくことが重要です。
ワクチン接種では、効果、副反応を含め、ワクチンに関する知識を得ながら、ご本人が納得して判断することが大切です。ですから、年代、性別に対応しながら、接種に関する意思決定を支援することができるような情報を発信したりしくみを整えたりすることが必要です。また、受けやすい時間や場所で接種できる環境をつくること、予約しやすいしくみを整えることも求められます。
Q5 現在のコロナ対策
マスク着用や手指衛生などしている割合は9割を超えていますが、日中・夜間の外出を控える、県境をまたぐ移動を控えるなどは3月に実施した調査よりも1割程度実施割合が減っています。
自粛が長引くなかで、都民のみなさんが苦労されていることがうかがえます。しかし、感染性の高いデルタ株に置き換わり、その影響があるなかでは、もうしばらく、感染対策を徹底することが必要となりそうです。
Q3 2回接種後の行動はどうなるか
マスク、手洗い、換気など8割前後が「変わらない」としていますが、「減る」との回答も5%程度見られます。
家族以外との飲食、日中の外出、県境をまたぐ移動、これらが「増える」とした回答は2割を超えています。ワクチン接種を済ませたら、こうしたことをしよう・できると、楽しみにされています。
ただ、ワクチン接種を終えても、感染リスクはゼロにはなりません。実際、ブレークスルー感染(ワクチン接種後の感染)も世界で確認されていて、基本的な感染予防策を続けることが必要です。
不自由な生活が続く中、QOL(クオリティ オブ ライフ 生活の質)は確かに下がっています。それでも、ライフ=命を守ることが大前提で、ワクチン接種で重傷化・死亡のリスクが下がることはとても大きいことです。
Q4 ワクチンについての考え方
自分や社会のリスクを下げるためにワクチンを打つべきという回答が7割となっています。それとともに、「接種は個人の判断にもとづくべき」「接種できない/しない人を差別してはいけない」と考える人も8割にのぼり、多くのひとがワクチン接種に関する自己決定権を尊重している傾向もうかがえます。
ワクチン接種のインセンティブについては、受け入れやすいものとそうでないものがあることが分かりました。ワクチンを接種した人だけが参加できる飲み会やイベントのようなワクチン未接種者に不利益をもたらすようなインセンティブは、人々は受け入れにくい。
一方、ポイント付与やお見舞いのように利益を分かち合えるようなものについては、比較的、人々は受け入れやすいと言えます。
ワクチンが有効なリスク管理手段であることは間違いありません。社会のなかで接種をどのように進めるのか、これも大きなビジョンをもってコロナ対策のポリシーのもとに位置づくべきものだと思います。
取材を終えて
きょう(27日)から、東京・渋谷では若者向けの予約不要のワクチン接種が始まりましたが、昨夜から行列ができ午前7時半に受付終了になりました。接種に来た若者は「自分たちはワクチンを打たないのではなく打てないんだ」と話していましたが、まさに今回のアンケート結果を物語るものでした。
奈良教授は柔らかな語り口で、災害レベルといわれるこのパンデミックをどう受け止めて、どう乗り越えるのかについてこたえてもらいましたが、そこにはコロナ禍を生きる多くのヒントがあると思います。