長引くコロナ禍で、子どもたちの心のケアが課題となっている。

厚生労働省の調査によると2020年に自ら命を絶った子どもの数は479人。前年比140人増とコロナ禍を経て急増している。

子どもの命を守るために何ができるのか。『学校では教えてくれない 自分を休ませる方法』(KADOKAWA)などの著書がある精神科医の井上祐紀さんに話を聞いた。

「休む・頼る・逃げる」はネガティブじゃない

井上さんが診療を行うのは、子どもたちの心に寄りそう児童思春期外来だ。ここを訪れる子どもたちの訴えも、コロナ禍で変化している。「2020年は圧倒的に、死にたいという気持ちを抱えた『自殺念慮』や自殺関連行動、自傷行為などによる受診が増えた一年だった実感があります」と井上さんは話す。

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心が疲れた子どもたちに必要なのは、何よりもまず「休むこと」だという。「会社員はリフレッシュ休暇や有給休暇を年に何日間か取得できるのに、子どもたちにはまったくそういった制度がありません。リフレッシュして心身をケアすることを想定されていないのです」。

夏休みなどの長期休暇には多くの宿題が出され、補習のために学校へ通うこともある。それは純粋な休みとは言いづらい。さらに、「現代社会では『休む・逃げる・頼る』という行動がネガティブなこととされがちです」。その言葉通り、「休む」という言葉には「するべきことをしていない」「さぼっている」などのイメージがつきまといやすい。

「学校も家庭も、どちらかというと『社会はそんなに甘くない』と厳しさばかりを伝えようとしていないでしょうか。自分たちが大人になったときに待っている社会が柔軟な場所じゃないのなら、子どもたちは将来に希望を持ちづらい。だから、我々大人が率先して意識を変えていかなければならないでしょう」

不登校ではなく「自主休校」

本来、「休む」とは休息をとってリフレッシュすること。その子にとって必要ならば、学校を休む選択肢があってもいいはず。だが学校に登校しない、いわゆる「不登校」という言葉にはネガティブな印象がある。

ただ子どもが心身を休めるために学校から離れることを、井上さんは不登校とは言わない。「自主休校」と呼ぶ。学校を休むと決めた子どもたちには、「自主休校式」を行うことを提案するという。

式と言っても大げさなものではない。「今の自分には『どんな環境』と『活動ペース』が最適なのか、それを考える機会をまず作ってほしい」。子ども一人に任せるのではなく、親と一緒に行うのがポイントだ。

最初に行うのは、いじめや暴力の被害などが背景にないか、本人の状態の「段階」を正しく知ること。それによって、自主休校中の環境や活動ペースを決める「行動の提案リスト」の内容が変わってくる。

行動の提案リストは、できれば子ども自身で考えること。親が決めて子どもに守らせる「決まりごと」になるのを防ぐためだ。加えて、内容を決める上で大切なのは「学校を休んでいるのに、こんなことしていいの?」という親の思い込みをいったん横に置いておくこと。

「学校を休むからといって、習い事に行ってはいけないとか友達と遊んではいけないとか、趣味の活動に没頭してはいけないというわけではありません。お子さんによっては、勉強に遅れたくないから塾だけは行きたいという希望があるかもしれない。それらを含めて全体の活動量を調整するのが自主休校式の大事なポイントです」

ゲームでも漫画でも、本人が楽しくて没頭できるのならまったく問題はない。ただ、夢中になりすぎて食事を抜いたり睡眠を削ったりして、生活習慣が乱れることは防ぎたい。規則的な睡眠や食事は、やはり心の安定とも密接な関係にある。安全が確保できた第2段階以降では生活リズムを「少しずつでも、なるべく意識してもらいたい」と井上さんは言う。

「ただ、一般的に求められる『早寝早起き』を追求すると子どもたちが苦しくなってしまいます。最初のうちは『ちゃんと連続で8時間眠れているか』『嫌な夢を見ずに眠れているか』などのゆるい内容から始めましょう。例えば夜中の3時に寝ていたとしても、『起きたときに朝ごはん食べられるくらい元気になっているかな』と聞いてみます。まず大事なことは、ゆっくり休めているかどうか、なのです」

「家で自由に過ごす」「連続で8時間寝る」「漫画を読む」「自分が選んだ科目の勉強を始める」などの行動の提案リストは、一度決めたら必ず守らなければ、という性質のものではない。何度でも見直しを重ね、子どもの今の状態に無理のない項目へと調整していくことが重要だ。

「例えば、学校に行かないけど塾には週2回くらい行こうかな、と決めても実際に始めてみると週2回はつらい、という場合もあります。そこで保護者が『2回って言ったじゃないか!』と言うのは、まずいでしょう。『週2回行ってみてどう?つらい?』と尋ねて、子どもに考えさせるのが大切です」

学校を休む子どもは、焦る気持ちを抱えがちだ。罪悪感や不安を覚えずしっかり休むためには、親のリードが欠かせない。親自身にも焦りや不安があるかもしれないが、自主休校中は「子どもの段階に応じて、今はこれができれば十分だね、ということを一緒に考えていけたらいいと思っています」という。

子どもに必要な「第三の居場所」

もしその子が学校にも家庭にも居場所がない、と思い悩む場合はどうしたらいいのか。子どもの世界は家庭と学校がすべてになりやすく、対人関係も学校に縛られがちだ。

大人ならば、自ら興味のある習い事やサークル活動等に参加できるだろう。仕事や家庭で落ち込むことがあっても、それとは別の環境で、様々な人々と関わることができる。

しかし、子どもは習い事一つ始めるにも親の許可が必要なことがほとんどだ。お小遣いがあっても限られるため、息抜きにカフェやカラオケに行くという選択も、大人ほど気軽にはできない。

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「だからこそ、今求められているのが学校でも家でもない、子どものための第三の居場所です。安心して過ごせて、安心して話せる相談者がいる、そのような安全な居場所を子どもたちに提供しなければいけないと思っています。そうでないと厳しい家庭環境にあって孤立する子どもたちは、どんどん追い詰められてしまう。そこから、もう命を絶つしかない、とまで思いつめてしまう子がいるかもしれない。

今は民間の支援団体の子ども食堂や無料塾がなんとかその役割を担っていたり、都内であれば10代向けの相談サイトMex(ミークス)を運営する認定NPO法人3keys(スリーキーズ)が、ティーンの居場所の事業としてとても素敵なユースセンターを運営して頑張っていたりします」

ただ、現状では子どもの支援が追いつかない。既存の図書館や青少年センターにも子どもの支援をする場所としての可能性はあるが、家や学校から近いため人の目が気になったり、施設の数が少なかったり、相談できる相手がいなかったりという課題がある。

スマホを持つ子どもならSNSで居場所を見つけることもあるだろう。だが、その子の家庭環境に虐待や貧困などの問題が潜む場合もあり、リアルの居場所は必須だ。

「特にコロナ禍では感染対策によって外部との繋がりが断たれがちで、支援が届きにくい。家庭内で孤立する子どもたちの状況が悪化しています。子どもたちの心を守るという観点からいうと、感染対策を十分行った上で人と人との接触を確保することを考えなきゃいけないと思います」

まずは大人自身が自問自答する

生きづらさを感じる子どもたちを救うには、「まず大人が『休む・頼る・逃げる』についてどう思っているか、そして自分の生活環境や活動ペースを自分に合う形へ最適化できているか、それらを自問自答することからではないでしょうか」と、井上さんは強調する。

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親が休むことをネガティブに捉えているなら、「いくら子どもに対して形だけ『何かあったらいつでも言ってね!』と伝えても、子どもは正直な気持ちを打ち明けにくいでしょう。SOSのサインも気づかれないように隠そうとしてしまう場合があります」という。

いざ自問自答してみると、「多少の体調不良があっても仕事を休むべきではない」「定時退社はせず、職場の平均的な退社時間に合わせるべきだ」などの考えが浮かぶかもしれない。そのような自分を縛る厳しい価値観に気づくことが第一歩だ。

大人自身がその価値観で生きづらさを感じていると気づく場合もあるだろう。実生活を急には変えられずとも、『休む・頼る・逃げる』への捉え方が変化する可能性がある。

「自分がどんな環境だったらベストな力を出せるのか、どのくらいの活動ペースだったら健康を崩さずにいられるのか。これらは人それぞれ違うはずで、その違いを本当はもっと認めてあげなければいけないと思うのです。でも今の社会はそうだとは言えません。皆が単一の価値観に揃えなきゃいけない、となった時、9割の人が何とかやっていける内容だったとしても、残り1割の人にとってはものすごくハードモードな人生になってしまうかもしれない」

子どもは家庭や学校、社会全体がよしとする常識や価値観を敏感に感じ取る。だからこそ、大人一人ひとりが自分の「生きやすさ」を追求できる社会は、子どもたちにとっても生きやすい世の中であるはずだ。社会全体を変えるのは容易ではないが、まずは、いち家庭、いちクラスから始めることならできるかもしれない。

『学校では教えてくれない 自分を休ませる方法』(KADOKAWA)
『学校では教えてくれない 自分を休ませる方法』(KADOKAWA)

井上祐紀
精神科医(子どものこころ専門医)。1998年岐阜大学医学部卒業。2011年社会福祉法人日本心身障害児協会島田療育センターはちおうじ(診療科長)。2014年公益財団法人十愛会十愛病院(療育相談部長)。2015年社会福祉法人青い鳥横浜市南部地域療育センター(所長)。2019年東京慈恵会医科大学精神医学講座(准教授)などを経て、2021年福島県立矢吹病院(副院長)。著書に『10代から身につけたい ギリギリな自分を助ける方法』『学校では教えてくれない 自分を休ませる方法』(共にKADOKAWA)など。

取材・文=高木さおり(sand)
イラスト=さいとうひさし

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。