東京オリンピックが緊急事態宣言下で無観客開催が決定した。足元では、東京都で新型コロナウィルスの感染が拡大していることからすれば、緊急事態宣言下での無観客開催方針は致し方ない判断といえよう。

しかし、過去の緊急事態宣言発出に伴う経済損失に基づけば、有観客で開催しても、感染者が増大し、緊急事態宣言が延長されれば、逆に経済損失が拡大する可能性もある。

4度目の緊急事態を宣言する菅首相(7月9日)
4度目の緊急事態を宣言する菅首相(7月9日)
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無観客開催に伴う経済損失は0.6兆円

1984年のロサンゼルス以降に夏季オリンピックを開催した国の平均的な経済成長率の上振れを現在の日本の経済規模に当てはめると、GDP(国内総生産)の押し上げ額は開催直前3年間の累計で+9.2兆円、開催年だけでも+1.7兆円となる。開催前に効果が大きく出現するのは、インフラ整備が背景にある。そして、過去の経験則に基づけば、日本では既に2019年までに9.2―1.7=7.5兆円程度のGDP押上効果が出現している可能性が高い。

こうした中、無観客開催となった場合に最も注意しなければならないのは、観戦客のチケット収入や移動や飲食、宿泊にかかわる消費が失われることだろう。観戦客が失われれば900億円とされるチケット収入が失われる。加えて、観戦客を5割程度入れて開催した場合のGDP押上効果は+0.9兆円程度が見込まれていた。しかし、観戦客を入れないで東京五輪を開催した場合のGDP押上効果は+0.3兆円程度に縮小することになる。このため、無観客を前提とすれば、観客を5割入れた場合に比べてGDPが0.6兆円程度失われると試算されることになる。

900億円とされるチケット収入が失われる
900億円とされるチケット収入が失われる

なお、無観客であれ東京オリンピックが開催されれば、耐久消費財の買い替えサイクルに伴う需要効果は期待できるものと思われる。さらに、選手や関係者の移動や宿泊、飲食、警備関連の需要もある。このように、東京五輪が無観客になるとしても、開催自体には経済的な恩恵があるといえる

五輪後に期待できるインバウンド効果

さらに、無観客でも五輪を開催する効果として、五輪開催による世界的な広告宣伝効果の大きさがあろう。というのも、日本の景観や企業スポンサーの広告などが様々なメディアを通じて世界中に配信されるため、コロナ下で無観客になっても、夏季五輪を視聴する世界中の人々に向けてアピールすることができる。

事実、オリンピックが商業化した1984年のロサンゼルス以降の夏季オリンピックを対象として、開催国の外国人観光客の推移を振り返ると、開催後に外国人観光客数の増勢が強まる国が多いことがわかる。この背景には、新興国の生活水準の向上や交通網の拡大によりインバウンドが増加トレンドにあったことに加えて、五輪開催が外国人観光客を取り込む支援材料になった可能性が高い。

こうしたインバウンド増加の恩恵が大きい業種としては、建設やセメント、住宅・不動産、観光等が考えられる。まず、建設やセメント等については、競技場や選手村等の施設設備の多くは既に関連業種の収益が実現済みである。ただ、東京五輪が開催されれば、世界的なコロナ終息後にインバウンドが増加した暁に、アフターコロナの再開発等に恩恵が及ぶことが期待される。

また、住宅・不動産関連についても、東京オリンピックが開催されれば、新型コロナでいったん落ち込んだ観光客がアフターコロナに増加することで、ホテルや一部の商業施設の需要増加が期待される。同様に、運輸関連も東京オリンピック開催に向けて魅力的で利便性の高い街に開発された東京への観光需要の復活が期待される。

なお、仮に無観客でも開催されれば悪影響が限定的な関連業種としてメディアや家電関連等がある。しかし、メディア関連もこれまでマーケティングパートナーとして大会のスポンサー募集に従事し、特に広告代理店等では直接的に東京オリンピックの増収効果を受けることになる。ただ、オリンピックが無観客開催となれば、期待収益への悪影響は避けられないことになろう。また家電関連も、無観客となれば一眼レフやビデオカメラ等の特需は失われるものの、どんな形であれ開催されれば、テレビやレコーダー販売の需要は喚起される。

このように、無観客でも東京五輪が開催されれば、観戦関連家電の特需だけでなく、将来のインバウンドへの好影響が期待される。

無観客でも開催されれれば将来のインバウンドへの好影響が期待される
無観客でも開催されれれば将来のインバウンドへの好影響が期待される

成否は開催後のコロナ感染状況次第

とはいえ、サッカーワールドカップと並び、世界の二大スポーツイベントであるオリンピック・パラリンピックの開催は、開催国のスポーツ活動の活発化、スポーツ施設を中心とした社会資本整備の促進、開催地の知名度やイメージの向上、市民参加やボランティアの育成、国民の国際交流の促進に寄与するだけでなく、建設・工業・商業・輸送・対個人サービス等を中心とした産業部門の需要拡大を通じて国内に大きな経済活動をもたらすと期待されていた。従って、それが無観客となれば、関連業種の業績のみならず、国民心理的にも損失は少なくはない。

ただ、いくら有観客で東京五輪が開催されても、その後に新型コロナウィルスの感染者数の増加が止まらず、緊急事態宣言を延長せざるを得ない状況になれば、有観客開催のほうが経済を押し上げるとは限らないだろう。というのも、今回の緊急事態宣言が経済に及ぼす影響を試算すると、6週間でGDPを1.0兆円程度押し下げると試算される。このため、仮に国内観客を50%程度入れて東京五輪が開催されてGDPが0.6兆円程度押し上げられたとしても、緊急事態宣言が3週間以上延長されてしまうと、その効果がほぼ相殺されてしまう可能性もある。

感染拡大が懸念される「デルタ株」
感染拡大が懸念される「デルタ株」

従って、東京五輪の経済効果を身のあるものとするためにも、医療崩壊のリスクを高めるような感染の拡大を確実に抑制できるような態勢で開催に臨むことが最も重要といえよう。

【執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱利廣】

永濱 利廣
永濱 利廣

1971年群馬県生。早稲田大学理工学部工業経営学科卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。第一生命保険相互会社入社後、千葉南支社、日本経済研究センター出向を経て、現在、第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト。跡見学園女子大学マネジメント学部非常勤講師、あしぎん総合研究所客員研究員を兼務。内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、他。