東日本大震災後、練習場所の変更を余儀なくされた東北大学漕艇部(ボート部)が2021年、10年ぶりに宮城県岩沼市の貞山堀に帰ってきた。学生たちは海の近くに戻るにあたり、自ら防災マニュアルを作成した。

10年ぶりに戻った貞山堀で「防災マニュアル」作成

息の合ったオールさばきで、川面を滑るように進むボートの姿。貞山堀に、かつての風景が戻ってきた。東北大学ボート部の練習風景。

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東北大学漕艇部4年 森田寛さん:
花形種目の「エイト」で日本一を目指しています

120年以上の歴史を持つ東北大学ボート部。練習を支えてきた貞山堀は部員たちにとって特別な場所だ。

しかし、2011年3月、東日本大震災が発生。部員は当時、遠征中で難を逃れたものの、貞山堀はがれきで埋まり、ボート部の活動拠点も壊滅的被害を受けた。

それから10年。宮城県の災害復旧工事がおおむね完了し、ボート部の新たな活動拠点が整備された。

10年ぶりに戻った貞山堀で、津波に備えた初めての避難訓練が行われた。

訓練のもとになるのは、学生が自分たちで作った防災マニュアル。東北大学災害科学国際研究所のアドバイスを受けながら約半年かけてまとめあげた。

ボート部の防災担当も務める4年生の森田さんは、120人の部員の命と、ボートを守るためのルール作りに苦労したと言う。

記者:
マニュアル作成時の苦心点は?

東北大学漕艇部4年 森田寛さん:
1つは線引き、船を放棄して逃げるのか、船を安全に揚げて逃げるのか、もちろん人命が優先だが船も高価なものなので…

学生たちが作った避難計画では、まず緊急地震速報が発表された時点で、練習をすみやかに中止。さらに津波注意報、または津波警報が出された場合は、船を陸に揚げてから艇庫の屋上に避難する。

一方、大津波警報の場合はすぐさま避難。船を放置して、仙台空港を目指す。

防災マニュアル通りの避難訓練の結果は…

訓練は、練習中に津波警報が発表されたことを想定。学生たちは最大で1.5キロ離れた場所から船着き場まで戻り、船を陸に揚げてから安全な場所へ避難する。

想定通りに避難できるのか…避難完了までの目標は30分。

緊急地震速報を想定したアラームが鳴った。避難行動の開始。

東北大学漕艇部4年 森田寛さん:
津波情報が出てないですけど、階段に向かって漕ぎ出しましょう

女子マネージャー:
全船、揚艇お願いします

地震発生から約10分。船着き場には次々と船が戻ってきた。

全員が艇庫の屋上に無事、避難できた。

東北大学漕艇部4年 森田寛さん:
避難完了まで18分です

目標の30分よりも早く避難が完了したが、情報の共有方法など課題も見つかった。

東北大学漕艇部4年 森田寛さん:
訓練をやってみて思ったのは、かなり船が密集して遅れの原因になると思ったが、やはり人がいる安心感があり、声を掛け合いながらできる安心感があった。今後は、水域が広がって船がまばらになって、周りに船がいないとなったときの精神状態も考えつつ、しっかり分かりやすいマニュアルを作っていこうと思います

防災マニュアルの作成をアドバイスした東北大学災害科学国際研究所の今村文彦所長は、避難計画を作る際はあらかじめ想定されるシナリオを用意することが大切だと話す。

東北大学災害科学国際研究所 今村文彦 所長:
自分のいる場所や活動している所で、具体的にどのように避難ができるのか。あらかじめシナリオとして持って避難方法を検討することが重要

誰もが安心して練習に励める環境を作るために。学生たちの挑戦は始まったばかり。

(仙台放送)