大関に復帰した照ノ富士が、大関・貴景勝との優勝決定戦を制し、2場所連続4回目の優勝を果たした大相撲夏場所。

一方で今場所、両国国技館が最も沸いた瞬間は千秋楽の前日、勝てば優勝が決まる照ノ富士と、負ければ優勝がなくなる遠藤の大一番だった。

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報道陣に多くを語らないことで有名な遠藤が、照ノ富士との大一番と、今場所にかけていたある思いを語った。

3分を超える協議の裏で…

大相撲夏場所、14日目。

幕内優勝の行方がかかった西前頭八枚目・遠藤と大関・照ノ富士との一番。土俵際で投げの打ち合いとなった二人は激しくもつれたまま土俵の外へ。

軍配は照ノ富士に上がるが、物言いがつき勝負審判が協議に入った。

固唾を飲んで見守る観客。この時、遠藤の胸中は「軍配が変われば一番それはそれで良かったんですけど、最悪もう一番あるかなと思ってました」だったという。

そして3分を超える長い協議の末、伊勢ケ浜審判部長がマイクを取る。

「軍配は照ノ富士に上がりましたが、照ノ富士の肘が先についており、軍配差し違えで遠藤の勝ちといたします」

コロナ禍で声援禁止の国技館に大きなどよめきが沸き起こった。

ところが、当事者にしかわからない予想外の状況がそこにはあった。

「ちょっとアナウンスが聞こえなくて…。会場が盛り上がったので『もしかして』と思って、でも行司さんがこっちを向くまでは本当に分からなくて。
(行司さんが)こっちを向いたのと、大関が蹲踞せずに土俵から降りようとした仕草を見て『あ、勝ったんだな』という感じです」

こうして圧倒的な力を見せていた照ノ富士に土をつけ、千秋楽まで優勝争いを盛り上げた遠藤。

実は今場所、ある強い思いを持って土俵に臨んでいたという。

兄弟子のために戦った今場所

遠藤といえば、2013年9月場所で、史上最速3場所で新入幕を果たし、あまりの昇進の速さに関取の証である髷が結えず、ざんばら髪で戦う姿が話題となった、相撲界屈指の人気力士だ。

しかし、2015年大阪場所で「左ひざ前十字靭帯損傷・左ひざ半月板損傷」という大怪我を負い、その後は怪我と戦いながら土俵に上がっている。

今年の3月場所でも左のふくらはぎの肉離れを負い、10日目から休場したばかり。三役復帰に向けては怪我との向き合い方がますます重要になっている。

「毎日、『今日で相撲を取るのは最後になるかもしれない』と思って場所に向かっています。それぐらいの状態だと分かっているので、休場しても気持ちが下を向くことはなかったですね」

そう語る遠藤を付人として支え続けてきたのが、大翔龍だ。

2013年の幕内昇進から一躍、相撲協会の看板力士となった遠藤を、8年以上に渡って付人として支え、怪我と戦う苦悩の日々を一番近くで見てきた。遠藤にとっても誰よりも心許せる存在だ。

その大翔龍が今場所で相撲界を引退することを決意した。

お世話になった一つ年上の兄弟子の最後の場所を好成績で飾りたいとの思いで、遠藤は15日間の土俵に上がり続けていた。

2人の入門直後のエピソードを、遠藤が冗談を交えながら語った。

「大阪の近くの牛丼屋さんに行って、自分の食べたものは自分で支払おうと思ったら、『ああ、良いよ』みたいな感じで(払ってくれた)。
『相撲界は兄弟子がご馳走するから』と言ってくれて、力士になったことを肌で感じました。その時初めて奢ってくれて。でも、今思えばそれが最初で最後でしたね。その後はずっと自分が払いました。冗談ですけどね(笑)」

普段はあまり多くを語らないことで有名な遠藤が、柔和な表情で大翔龍との話を語る姿は、苦しい時期を共に戦った付人への感謝の思いを物語る。

怪我と付き合いながら「良い姿を見せたい」

今場所、11勝4敗と賜杯まであと一歩のところまで迫った遠藤。自身4度目となる技能賞にも選ばれた。

好成績の要因を聞くと、「体との付き合い方、一日の過ごし方を変えたんです。稽古の仕方を勇気を持って変えてみたらそれが上手くハマったんです」という。

稽古は怪我をする前の3分の1しかできなくなり、以前のように膝が完治することは望みにくいが、これからも怪我と上手く付き合っていくしかない。

そんな遠藤に、「今、膝に声をかけるとしたら何と言いたいか」と聞くと「『お疲れ様でした。今はしっかり休もうね』って感じですね」と苦笑いを交えながら語った。

今や、ベテランと呼ぶにふさわしい30歳となった角界屈指の人気力士には、怪我を負った今も多くの相撲ファンが果てしない期待を寄せている。

「そういう声援には、毎日応えようと思って一生懸命やっているわけですから、応えられるようにしていきたいですし、応えていきたいです。良い姿を見せたいです」

アマチュア時代、数々の栄誉を手にしてきた遠藤。幕内最高優勝の重みを知るからこそ、軽はずみに「優勝」という言葉を使うことはない。そして普段から言葉が少ないのは“土俵で全てを語る男”なればこそでもある。

寡黙に、そしてひたむきに相撲と向き合う戦いを、これからも見守りたい。

(協力 横野レイコ、吉田昇、山嵜哲矢)