東京や大阪など4都府県を対象に3度目の緊急事態宣言が発令された。 自治体、専門家、首相官邸などの様々な思いが交錯する中で、菅首相が下した今回の決断。前回よりも強い措置の宣言を発令するにあたり、何が協議され、菅首相はどんな思いだったのか。宣言発令の検討から決断までの5日間の動きを取材した。

アメリカから帰国後、3度目の発令不可避の認識強める

この記事の画像(7枚)

日曜日の4月18日、アメリカのバイデン大統領との初の対面での首脳会談を終えて帰国した菅首相が空港から向かった先は、宿舎ではなく、首相公邸だった。

まん延防止措置の適用から2週間を迎えた大阪の感染者は減少傾向が見られず、東京も感染拡大の一途をたどっていたことから、菅首相は厚生労働省の担当者を呼び、最新の感染状況の報告を受けた。 二度目の緊急事態宣言を全面解除した先月、周囲に対し「二度と出したくない」と話していた菅首相だが、すでにこの時、「大阪と東京」への「3度目の緊急事態宣言」発令は避けられないとの思いを強めていたという。

一部の専門家からは宣言への時期尚早論も

そして翌19日月曜日、菅首相は宣言の発令に向けて、自ら専門家の意見を聞くことなる。この日、菅首相が面会したのは感染症の専門家として信頼を寄せている岡部信彦氏だった。

この時点で感染症の専門家たちからは、早期の宣言を求める声の一方で「大阪では病床を確保するのが最優先だが、もう少しでまん延防止措置の効果が出てくるかもしれない」「東京は感染者数が1000人になるまで緊急事態宣言を待つべき」といった宣言への慎重論も多かったとされる。岡部氏との面会では専門家たちのこうした考えについて意見を聴いたと見られる。

一方で宣言を求める大阪などの自治体の声、そして依然として減少が見られない感染者。厳しい状況の中で、菅首相は宣言の発令のタイミングと共に、対策の中身についても早急な決断を迫られていた。 退邸時に記者団から「大阪府の吉村知事が緊急事態宣言の要請を表明した。政府として宣言を出すのか対応について教えてください。また東京都の宣言についても対応を教えてください」と問われた菅首相だったが、まだ正式な要請が来ていないことから、取材には応じず官邸を後にした。

休業要請の範囲をめぐり政府内で紛糾

20日火曜日、この時点で菅首相は宣言を出すならば対策の中心は「感染源のエビデンスがある飲食店にすべきで、それ以外に人出を抑える対策は最小限にすべき」との考えだった。しかしこの対策を巡って政府内で議論が紛糾することになる。

この日の夜行われた菅首相と関係閣僚との協議では、「酒を提供する飲食店の休業要請など飲食に的を絞った対策を進めるべき」との立場の菅首相に対し、関係閣僚からは「飲食店以外にも幅広く休業要請を広げるべき」との意見が挙がった。ただ菅首相は「これまでクラスターが発生していない施設に休業要請を出すことは意味がない」との思いが強く、1時間に及ぶ議論は平行線のまま、結論は出なかった。協議の終了後、菅首相は記者団に対し次のように語った。

「大阪府から緊急事態宣言の要請が出されています。政府としては、対応をいたしております。状況を精査し、対策の中身も検討し、速やかに判断をしたいと思います。また、東京都、兵庫県については、要請を考えているということは伺っています。いずれにしろ、状況を踏まえて、判断をしたい」

東京都の方針変更に戸惑いも

21日水曜日、焦点となる休業要請の対象業種について、政府のコロナ室と大阪府、東京都の協議が行われた。

実はこの日の朝の時点で、東京都は政府に対し、劇場や美術館は休業要請の対象外とし、プロ野球なども販売済みのチケットはそのまま入場を認める案を提示していた。しかしその夜、東京都は一転して、大阪府の厳しい対策に合わせるかのように幅広く一律に休業要請や無観客開催の対象とするよう政府に求めてきたという。こうした自治体の動きに対して、菅首相は「文化施設やスポーツ観戦はこれまでクラスターは出ておらず、だから飲食店に対策を絞ってきた。急な方針転換は理解を得られないんじゃないか」と頭を悩ませていたようだ。閣僚との協議を終えた菅首相は、て次のように語った。

記者団:
「大阪府を始め、東京都や兵庫県、京都府からも要請が見込まれる緊急事態宣言について、政府はどのように対応しますか」

菅首相:
「まず大阪、兵庫から緊急事態宣言について要請が出ているということですそして今言われた地域、さらに東京も検討中という報告を受けております。いずれにせよそうした自治体と連携をして、まずその中身を精査したうえで、まあ今週中にも決定をしたい、このように思っています」

幅広い休業要請を決断、記者会見でにじませた苦渋

22日木曜日、菅首相は最終的に休業要請の対象と期間を決断した。休業要請については踏み込んで、小売店や劇場などの文化関係を含めて1000平方メートル以上の施設とした。変異株の強い感染力を考慮し、「飲食だけではなく、ゴールデンウィークの短期集中で一旦人流を抑えるべき」「そのためには大規模な施設を一律に対象にするしかない」という判断だった。宣言の期間は短期集中の対策ということで、ゴールデンウィークとほぼ同じ5月11日までとした。

そして翌23日、菅首相は宣言発令と対策の内容を正式に決定し、記者会見に臨んだ。そこで菅首相が発した言葉は、自らの思いとは異なる様々な声も取り入れて決断を下した苦しい心境を吐露しつつ、国民に対して理解を求めるものだった。

「期間を限った措置とはいえ、休業と言った踏み込んだ対策をお願いすることは、誠に心苦しく、申し訳ない限りであります。この危機を乗り越えて安心できる日常を取り戻すことができるように、自治体との協力、病床の確保ワクチンの接種など、内閣総理大臣としてできることは全て、全力を尽くしてやり抜きます。国民の皆さんのご理解をお願い申し上げます」

(フジテレビ政治部 千田淳一)

千田淳一
千田淳一

FNNワシントン支局長。
1974年岩手県生まれ。福島テレビ・報道番組キャスター、県政キャップ、編集長を務めた。東日本大震災の発災後には、福島第一原発事故の現地取材・報道を指揮する。
フジテレビ入社後には熊本地震を現地取材したほか、報道局政治部への配属以降は、菅官房長官担当を始め、首相官邸、自民党担当、野党キャップなどを担当する。
記者歴は25年。2022年からワシントン支局長。現在は2024年米国大統領選挙に向けた取材や、中国の影響力が強まる国際社会情勢の分析や、安全保障政策などをフィールドワークにしている。