当たり前の話だが、ウイルスが人に感染する際、その人の国籍がどこであるのかはウイルスにとって全く関係はない。どの国籍であろうと、ウイルスが感染するリスクは平等だ。しかし、この当たり前の事が当たり前で無い国がある。韓国だ。

全ての外国人労働者に検査を強制

3月17日、ソウル市は市内に住む外国人労働者全員に対して、3月末までに新型コロナウイルス感染の有無を調べる検査を強制する行政命令を施行した。お願いではなく強制であり、違反者には200万ウォン(約18万円)以下の罰金が科せられる強権的なものだ。同様の行政命令はソウル近郊の京畿道など複数の自治体が出している。

ソウル市によると、2021年1月から3月にかけてソウル市内の感染者の6.3%が外国人で、2020年末に比べて3倍に増加したという。また不法就労外国人の把握が難しい事も挙げた上で、「外国人の感染が増加しており、安全を確保するために検査を義務化した」と説明した。私もソウル市内に住む外国人労働者の1人だが、突然「2週間以内に検査を受けなければ罰金」と行政に命じられたわけだ。

しかし私の家族や同僚に感染者はおらず、直近に感染者が発生した場所に立ち寄った事も無い。私自身の感染を疑わせる事実は全く無いのだ。それにも関わらず、同じ状況の韓国人には検査は強制されないが、外国人労働者である私は検査を強制されている。そこに合理的な理由は一切無く、明白な差別だ。

外国人の感染が増えているのであれば、韓国ご自慢の「K防疫」で、実際に感染が確認された外国人の周辺に対して防疫措置を講じれば良い。不法就労外国人の把握が難しいとしても、全く関係の無い他の外国人に検査を強制する理由にはならないし、不法就労外国人に検査を受けさせる事には繋がらない。

もし私が感染者と接触したことが分かれば、当然だが積極的に防疫措置に協力する。ほとんど全ての外国人もそうだろう。外国人という理由だけで、ウイルスに接した事実や蓋然性が低い人物にも検査を強制するのは非科学的だ。

しかし韓国政府はこうした自治体の対応を擁護している。鄭銀敬(チョン・ウンギョン)中央疾病対策本部長は3月15日「外国人労働者は防疫に関する情報へのアクセスが(言葉の問題で)制限されている。寮生活を送る人が多く、そうした特性と危険性を考慮して各自治体が一斉検査を進めている」と話した。その上で「外国人労働者を差別するものではない」と強調した。

「K防疫」の司令塔である鄭銀敬(チョン・ウンギョン)中央疾病対策本部長は外国人労働者の検査強制を擁護した
「K防疫」の司令塔である鄭銀敬(チョン・ウンギョン)中央疾病対策本部長は外国人労働者の検査強制を擁護した
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外国人は生け贄か

京畿道の検査場では検査を強制された外国人労働者が長蛇の列を作っている。
京畿道の検査場では検査を強制された外国人労働者が長蛇の列を作っている。
検査を待つ外国人が密集し、逆に感染リスクが上がっている
検査を待つ外国人が密集し、逆に感染リスクが上がっている

ソウル市内に住む外国人労働者は6万人(2020年末現在)に及ぶ。京畿道は8万人以上だ。今回の行政命令により、わずか2週間の間に仕事の合間を縫って検査を受けなければならなくなった外国人は、検査場に殺到している。

韓国メディアによると、ソウルや京畿道の検査場では一時外国人が長蛇の列を作り、防疫上問題がある「密集状態」になっていたという。皮肉なことに、今回の差別的な行政命令により、むしろ外国人労働者の感染リスクが高まっているのだ。

だが、高まっているのは感染リスクだけではない。韓国で働く外国人労働者の団体である外国人移住・労働運動協議会は3月10日「外国人労働者は感染源という誤解を招き、嫌悪を生む可能性があり非常に憂慮される」との声明を出した。行政による外国人差別政策により、外国人嫌悪が広まるリスクも同様に高まっているのだ。

こうした懸念には背景がある。韓国では新型コロナウイルス流行の波が来るたびになぜか「敵」が生まれた。2020年2月の第1波では宗教団体が、8月の第2波では多人数が参加した集会を実施した、文在寅政権と対立する保守系市民団体が「敵」となり、韓国政府が名指しで批判を繰り返した。狙い通りなのか結果論なのかは分からないが、「敵」への社会的批判が高まる事で、韓国政府の防疫対策への批判はぼやけた印象がある。

現在の韓国は一日の新規感染者が300~400人台で、第3波は収まりつつあるものの新規感染者は下げ止まっている。人口比を考慮すれば、日本と非常に似ているのが分かる。厳しい防疫措置が続くなかで国民のストレスがたまっているのも同様だ。今回の差別的行政命令により、外国人が新たな「敵」または「生け贄」となり、「感染拡大が下げ止まらないのは外国人のせい」との風潮が高まりかねない。

折しもソウル市では4月、2022年3月の大統領選挙の行方を占う重要な市長選挙が行われる。与党の劣勢が伝えられているが、外国人が市民の不満のはけ口にされるのは御免被りたいものだ。

今回の命令については、医療関係者や一部国会議員からは「国際的な恥となる人権侵害行為」「信じられない非人権的行為」などと批判する声が上がっている。ソウル市にも抗議の問い合わせが数多く寄せられているというが、ソウル市や他の自治体が命令を撤回する様子は無い。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。