加藤綾子キャスター:
東日本大震災の津波で父を亡くした息子。あれから10年、父の遺志を継ぐためにある決断をしたその思いを取材しました。

この記事の画像(20枚)

津波によって奪われた日常

奇跡の一本松が見守る岩手県陸前高田市、今穏やかに日常が流れるこの街も10年前のあの日は大きな絶望に覆われていた。

全てを奪ったのは町を襲った最大17メートルの津波、一瞬にして街を飲み込み今も202人が行方不明のまま。

農家の吉田税さんとエイ子さん夫婦、5年前に取材したときには行方不明の長男利行さん(当時43歳)を必死に探し続けていた。

吉田税さん:
いつまでも引きずっていくのか、それともどこかで踏ん切りをつけて生きていくのか、そこは判断がなかなか難しい。

妻・エイ子さん:
まさかこんなに不幸になるとは思わなかった。息子に先に逝かれるとは。

農園を継ぐために孫が帰省

農業を営む税さん、本当なら今頃息子が後を継いでいたはずだが、それも叶わず大切にしてきた農園を辞める覚悟を決めた。

ところが、2020年の夏、思いがけない出来事が起こる。

利行さんの次男で孫の凜之介(24)さんが突然「農園を継ぐ」と地元に帰ってきた。

吉田凜之介さん:
農業は緩くないですね。これで食べていかなければならないので、お金取れる仕事をしないと。

震災当時中学2年生だった凜之介さんは地元の高校を出た後に神奈川県の大学に進学、卒業後は広告代理店に勤めていた。

凜之介さん「父がやりたいことをやりたい」

しかし…

吉田凜之介さん:
なんかパッとしないというか、地元に帰ってきたいというのはずっと前からあって。

悶々とした日々を送っていたとき、脳裏によぎったのは津波で亡くなった父・利行さんのこと。

あの日、利行さんは市役所で避難を手伝っており「逃げてきた人を助けようと下の階に下りたとき津波にさらわれた」と聞かされた。

吉田凜之介さん:
責任感強いというか、自分もあんな人になりたいと思うようなお父さんですね。お父さんが好きだったので、お父さんがやりたかったことをやってみたかった。

利行さんがやりたかったことは農園を継ぐこと。

吉田税さん:
大きな大きな希望の光みたいなものが降ってわいたようにきた。悲しいこともいっぱいあったけどね。これも人生のいいところじゃないかと。

陸前高田では震災の津波によって、農地全体の約6割が冠水被害を受けた。

2019年ようやく県内すべての農地の復旧が完了。

一方で担い手不足は深刻。

吉田凜之介さん:
もっとパンパンになるはずです。実験ですね。取ってみないと分からないので。

育てている作物は40種類以上、祖父の税さんは人生最後の仕事として作業のイロハを教え込もうとしている。

吉田凜之介さん:
見えないところで祖父はいろいろなことをやっていたと思うので、大変さが分かった。

高齢化が進む地域には希望の存在

大船渡市で開かれている朝市は多くのお客さんに自分の野菜を知ってもらう大切な場所。高齢化が進む朝市でも若い凜之介さんの存在は未来への希望。

地元住民A:
嬉しいよね。自分の孫みたいな。

地元住民B:
後継者がいて頼もしい。

祖父の経験を受け継ぎ、腕を磨く凜之介さんは4月から地元のスーパーや産直に自分名義で、野菜の販売をしていく予定。

吉田凜之介さん:
10年なんてあっという間に来てしまった。父がどこかで見ているのではないかと思いながらやっていますし「楽しんでやれよ」と言うとは思うので、自分一人で出来るようになることが目標。

若者が築く被災地の未来、凜之介さんは祖父の税さんとともに農家になって初めての春を迎える。

(「イット!」3月9日放送より)