「福山のソウルフード」を引き継ぐ

広島県福山市で100年以上に渡り市民から愛された大衆食堂が惜しまれつつ店を閉じた。「福山のソウルフード」とも言われた伝統の味を引き継ごうとする企業の取り組みを取材した。

福山市の中心部、アーケードの中に佇む大衆食堂「稲田屋」。1919年から市民に愛され続けてきた店は2020年9月、店主・稲田正憲さんの健康上の問題などから閉店することが決まった。

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看板メニューはホルモンを砂糖・醤油、秘伝のタレで甘く煮た関東煮と肉丼。
門外不出のレシピで作られる味は、あの井伏鱒二も学生時代に食べたとされ、いつしか福山のソウルフードと呼ばれるようになった。

お客さん:
寂しいよね、これが食べられないのが寂しいです。また食べたい気持ちがあるので続けていってくれる人が見つかってほしいと思ってます

最終日には多くの市民が詰めかけ、存続を願う声が寄せられる中、約100年の店の歴史に幕が下ろされた。

稲田屋 稲田正憲店主:
本日をもって閉店いたします。ありがとうございました。他には言葉が思い浮かばないのでこれで閉店のご挨拶とさせていただきます

稲田屋 稲田正憲店主
稲田屋 稲田正憲店主

閉店後、複数の事業者が伝統の味を受け継ぐ後継者として名乗りを上げる中、稲田さんが継承先に選んだのは、同じ市内の老舗企業だった。

市民からの期待とプレッシャーを背負い「稲田屋」の屋号とメニューのレシピを受け継ぐことになったのは、鞆の浦に本社を構える「阿藻珍味」。
干物や練り物といった水産物の加工品や近年ではご当地ラーメンの製造・販売を手掛ける企業だ。

創業から70年以上の歴史を持ち、長年稲田屋と共に福山の食文化を支えてきた企業に伝統の味が託された。

阿藻珍味 粟村元則社長:
肉の商品をいつかは扱わないといけない時代が来るんじゃないかなという思いも会社としては持ってましたので、100年も続いた看板・味をいただけるということで真っ先に手を挙げたということです

阿藻珍味 粟村元則社長
阿藻珍味 粟村元則社長

水産物の加工については、一級の技術と知識を備える阿藻珍味だが、肉製品を扱うのは初めての挑戦。
レシピを引き継ぐにあたり、材料や調味料はすべて稲田屋と同じものを仕入れるなど、味を再現するために一切の妥協を許さない姿勢でこのプロジェクトに臨んでいる。

社内のテストキッチンでは、2020年末から定期的に稲田さんによる調理の指導が行われた。
肉や内臓の調理には、魚介類の加工では経験したことのない下処理などが必要になるものの、高い技術力を持つ従業員たちはすぐにコツを掴む。

ただ一つ、問題となったのは、稲田さんにしか分からない細かな味の違いをどのように判断するかということ。

指導を受ける従業員:
職人さんはベロで味見をするけど工場の人は味見ができない。それをどうやって工場の作業に落とすかというのが難しかったです

そこで従業員が使ったのが、食品の甘さを測る糖度計。稲田さんの作る味を数値で可視化することで、煮込み具合の加減を調整し同じ味を再現する方法を見つけた。

完成した料理を稲田さんに確認してもらう…

稲田正憲さん:
美味しいですね、良いじゃありませんか

指導を受ける従業員:
合格点いただけますか?

稲田正憲さん:
十分合格だよ

指導を受ける従業員:
ありがとうございます

稲田さんが想像していたよりも遥かに早く店の味が再現された。

稲田正憲さん:
(従業員たちは)すごい情熱だなと。そりゃいいもんできるだろうと。それでも半信半疑でしたよ。私はそういう面では厳しい目を持ってる。でも、え、こんなのができるのかと。いい意味でこんなもんができるのかと。ここまでやるかと

100年の伝統を引き継ぐ従業員の覚悟と実行力は、稲田さんも思わず驚くほど。
稲田屋から阿藻珍味へ「福山の味」のバトンは確かに引き継がれようとしている。

稲田正憲さん:
残るのはよかったと思います。どこで売るんだ、何とか残してくださいというのはもう飲食店の範疇ではなく、文化になってしまってるのかなと。文化だったら残したほうがいいか、継承者があったからよかったなと

稲田屋の味を再現した「阿藻珍味」にとって、今後はその味を保ったままどれだけ多くの量を製造できるかが、本格的な販売に向けて課題となる。
長年愛された「福山の味」が市民のもとに戻ってくるまで、もうすぐだ。

阿藻珍味 粟村元則社長:
同じ福山でずっと愛されたものですので、瀬戸内福山の人たちのために美味しいものを届けるというところは変わりはないと思ってます。阿藻珍味が引きついでよかったなというふうな安心したっていう言葉を聞きたいですね

(テレビ新広島)

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