本格政権になるか

菅政権は当初、パンデミックの最中に突然の安倍総理の辞任表明を受けて時限的に成立した政権だと見られていた。安倍路線の継承を掲げて、党内の4大派閥の支持を集めた経緯があるからだ。

しかし、物事には偶然性というものがある。権力者が病に臥せったとき、急死した時、そこに誰が控えていたかということが重要になってくる。今は主流派の最大派閥である清和会が隆盛を誇っているのも、小渕恵三元首相が脳梗塞に倒れた時に、森喜朗氏が5人組の中の議論で後継に決まったという偶然性抜きには語れない。

第99代内閣総理大臣就任会見
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総理をやるからには、本格政権を目指すのは当然である。初期の高すぎるほどの内閣支持率、自民党支持率は、ふたたび長期安定政権を望む国民の7割の世論を反映したものだった。当然、本格政権には本格的な政策が必要となる。具体的な個々のプロジェクトや行革のイメージが強い菅総理が施政方針演説で打ち出したのは、デジタル・トランスフォーメーションに加えて、2050年のゼロ・エミッションとグリーン成長である。

アフターコロナの課題

歴代政権は、いずれも与えられた環境の中で成立しており、諸々の限界と所与の条件の中でパフォーマンスを上げるしかない。麻生政権にとっては金融危機が、菅直人政権にとっては東日本大震災が与えられた。菅政権は、新型コロナウイルス禍によって大きく規定されている。

そのなかで先進各国が設定している課題は、いかにしてコロナ禍によって生じた経済ダメージを回復し、格差を縮めるために、アフターコロナの公共投資を進めるかということであり、いかに持続可能な形で次世代産業を育成するかという視点である。

2020年世界中で猛威を振るった新型コロナウイルス

その観点から、菅政権が設定した目標は時代の要請に適ったものであるとともに、失われた20年のあいだに立ち遅れたデジタル化と、かつては日本が先端を行っていたはずの環境分野における競争力を回復しようとする、なかなかにハードルの高い取り組みであるということが分かる。

しかし、それはまだ先進国共通のスタート地点に立ったことを意味するにすぎない。菅政権のトップダウンの決定がどれだけ現実の官僚機構の施策に影響を与えることができるか。官庁の縦割りによる領分を侵し、産業構造の転換を伴うだけに、その抵抗は大きい。現に、矢継ぎ早に示された政府の目標のための行程表は整っていない。

菅政権にとって、国内政治における安定を確保するための最大の手段は、これらの大玉の改革案件においてしっかりとした進捗を国民に示すことである。

コロナ禍が米中対立にもたらした影響

コロナ禍はすでに世界史的な影響を我々に与えている。米大統領選ではその混乱の影響で民主党のバイデン氏が勝利し、世界経済が停滞する中で発症国であった中国が唯一、プラス成長を果たすと見込まれている。強権的に情報を抑え込むことのできる中国のことだから、コロナ禍を完全に制御できているかどうかは疑わしい。

しかし、実際問題としてアジアの被害は少なく、コロナ禍は米中の権力移行を早める効果をもたらしたのではないか。中国の経済復興は世界経済的にはプラスだが、政治的な情念の部分では、米中間の対立はかえって深まっている。

コロナ禍は米中の権力移行を早める効果をもたらした

中国に対する米国の眼差しは、政権交代を経ても元には戻らないだろう。米国は、オバマ政権の後半になって自らの中国観と現実の中国とに大きな乖離があることにようやく気付いた。バイデン政権の国務長官候補であるブリンケン氏がまさにインタビューで認めているように、米国は中国やロシアを見誤っていたのである。

米国がイラク戦争で独裁政権の体制転換と民主化を試みていた00年代、日本は中国に対する脅威認識を深めた。だが、当時の米国の認識は日本と隔たりがあった。「米国にとって良いこと」と「中国にとって良いと感じられること」を混同していたからである。

中国は、けっして自ら進んで民主化することはない。香港のように市民が政府と対立し、米国側に支援を求めて寄り添うこともない。米国の経済や文化にあこがれる中国人は多いが、それとこれとは別であり、抑圧されている少数民族や活動家を除く一般国民は、ナショナリズムや民族感情に関わる論点については「愛国」一枚岩になるだろう。

時代の転換点

そう考えた時、日本は大きな時代の転換点に立たされていることに気づく。

トランプ大統領の信頼を得ることに成功した安倍政権

安倍政権は振り子のように気分が揺れ動くトランプ大統領をなだめ、他方で内向きになった米国の代わりに多国間協調を推進したが、おそらく菅政権の時代に求められることはさらにその先を行くことだ。

菅政権はナショナリストの政権だが、理念重視というよりも実利重視とみられてきた。だが、リアリズムの真髄は理念と実利が一致しているところにある。戦後日本は先進各国に倣って行動することで発展してきたが、コロナ禍は国際協力を退潮させ、自信を喪失した西側先進国の姿を浮き彫りにした。経済でソ連を打ち負かし、冷戦に勝利したときと同じだけの自信でもって、「時代は自分たちの側にある」と西側諸国が断言できなくなってきたことに現在の問題の根深さがある。

もはや日本が単純に範としていればいい国は存在しない。日本は自らが培ってきた成熟した社会を壊さないように、日本の利益を守るために、よりよい対外環境を作っていかなければならない。

現在、日中関係は改善局面にある。それは、「新冷戦」的な圧力が米国から加えられた結果としての中国の行動変容によるものであり、日本にとっては歓迎すべきことだ。振り返ってみれば、安倍政権は反中イデオロギーと実利的な対中関係改善とを使い分けた政権だった。

期待するのは過度な米国依存からの脱却

菅政権はさらに実利重視の外交を推し進めるだろう。だが、日本独特の現実主義を貫くうえでは、すべての基礎にある安全保障を抜きにしては語れない。現実主義外交を行うための第一歩は、過度な米国依存から脱却することだ。それを新政権には期待したい。

【執筆:国際政治学者 三浦瑠麗】