「夫婦のカタチ」が多様化する今、そのライフプランもさまざまだ。夫婦2人で生きていくと決めることも一つの選択だろう。ただ、もし将来は子どもを持ちたいと考えるならば、妊活や不妊治療について知っておくことが、いつか助けになるかもしれない。

しかし、妊活にまつわる話題にはエビデンスに乏しい情報が多く、途方に暮れる人も多いはずだ。そこで今回は『夫婦で始める妊活読本』(幻冬舎)の著者である、不妊治療専門医院「木下レディースクリニック」院長・木下孝一さんに、妊活初心者のための基本知識について話を聞いた。

木下レディースクリニック院長・木下孝一さん
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1年間、妊娠しなかったら『不妊症』

今年9月、菅義偉首相は少子化対策の一環として不妊治療への保険適用を実現する方針を示した。現在、日本では5.5組に1組(国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」2015年6月)ものカップルが不妊に悩み、実際に治療を行ったことがあるという。

そもそも不妊症とは「妊娠を望む健康な男女が、避妊せずに性交渉をしているにもかかわらず1年間妊娠しない状態のことです」と木下先生。たった1年?と驚く人もいるかもしれない。

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「実は、2015年までは『2年間』でしたが、WHOや欧米の基準に合わせて『1年』になりました。不妊症の診断が遅れれば、それだけ治療効果に影響が出る可能性があります。昔と比べて女性の選択肢は広がりました。例えば40歳の節目に結婚された女性がもし赤ちゃんを希望する場合、40歳からの2年間がどれだけ大事な2年かを知っておいていただきたいのです」

実際、女性の妊娠率は35歳を過ぎると大きく下降し、40歳での不妊治療の妊娠率は一般的に14.5%(日本産婦人科学会「ARTデータブック2017」より)にとどまるという。そのため、特に35歳以降は自己流の妊活で時を費やさず、1年でも早く受診するほうがいい結果を得やすい。だからこそ子どもを持ちたいカップルは、まず受診のタイミングがカギとなる。

女性と、女性の卵子は「同級生」

木下先生曰く、妊活および不妊治療を本格的に始める前に、まず知っておきたい「基本のき」が2つあるという。1つ目は「男女の体の違い」だ。

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「不妊治療でまず大切なのは女性の卵子です。そもそも卵子(卵子のもととなる細胞)は女性が赤ちゃんだったときに作られ、その後は『新たに作り出せない』ことをご存知ですか? それを、僕らはわかりやすく『あなたと、あなたの卵子は同級生なんですよ』と患者さんに言っています。30歳なら30年前の卵子を、40歳なら40年前の卵子を排卵させているのです」

この事実は女性でも知らない人が多いという。実際、木下先生のクリニックを訪れるような、妊活を意識した患者さんでも約半数は初めて知ったと答えたほどだ。では、一方の男性の体の仕組みはどうなっているのだろうか。

「男性の精子は毎日、精巣の中で新たに作られています。多い人では1日1億個ほども。この『新たに作ることができる』という、工場の役割を持つことが女性との一番の違いです。つまり、精子と男性は『同級生』じゃない。精巣で作られた精子は3ヵ月ぐらいかけて外に出てくるので、30歳でも40歳でも、精子自体は約3ヵ月前のものです」

そのため同い年の夫婦であっても、精子と卵子の年齢は大きく異なる。よって、不妊治療を受ける際には男性側がその点を知った上で、タイムリミットのある女性に寄り添ってあげることが大事だという。

「妊娠する上でどうしても女性の時間は限られている、と理解することは、本当に大切ですね。男女のからだの違いを理解していない男性の中には、受診を先延ばしにして検査を受けてくれない方もいらっしゃいます。不妊の原因は男性側にあることもあり、検査した結果、男性不妊と呼ばれる精子の異常が見つかることもありますから」

スマホアプリでの精子チェックも有効

2つめの「基本のき」は、「自分の体の状態を正しく知る」ことだという。まず女性側にできる簡単な検査としては「AMH検査」がある。採血だけで、卵巣内に残る卵子の数の目安を調べられるのだ。

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AMHとはアンチミューラリアンホルモンの略で、卵子のもととなる細胞(前胞状卵胞)が育ち始めると放出されるホルモンのこと。その値から卵子のもととなる原始卵胞が卵巣内にどのくらい残されているかを推測することができる。

「たとえAMHの結果が悪かったとしても、落ち込む必要はありません。ただ、残された卵子の数が限られているとわかれば、少しでも早く妊活に取り組もうと具体的な計画を立てることができます。それがキャリアプランなどを含めて自分の人生を考え直すスイッチにもなるのではないかと思います」

では男性が気軽に検査する方法には、どんなものがあるのだろうか。ここ数年スマホで精子をチェックできるアプリが登場しているが、これは木下先生から見ても「最初のチェックとして有効だと思います」という。

「それだけで、すべての診断をつけるという意味合いではなくて、自分の体を調べたり、自分の体を気に掛けるためのスイッチとして使われるのはすごくいいと思いますよ。実際にアプリの結果がきっかけで当院を受診されて、病気が見つかった方もたくさんいらっしゃいます」

その後、本格的な不妊治療に移る場合は男女ともさらに複数の検査を行い、結果を踏まえて3段階で治療ステップを踏んでいく。

一般不妊治療の「タイミング療法」「人工授精」。この治療で結果が出なかった場合は、高度生殖医療(ART)の「体外受精」などに進んでいく。

しかしこれは一般的な流れで、誰もが当てはまるものではない。例えば女性のAMHの値が低かったり、男性が精液検査の結果、射出精液中に精子が存在しない症状を指す無精子症だったりなど夫婦それぞれの原因や、年齢、家庭環境など事情は様々だ。そのため、ときに最初から体外受精を行うなどオーダーメイドで治療を進めることが大切だという。

妊活を通して深まる夫婦関係

これまで数多くの夫婦と向き合ってきた木下先生は、「コミュニケーションをしっかりとれているお二人ほど、妊活がうまくいくケースが多い」と語る。とにかく、「話し合いがすべてです」という。

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「不妊治療を、何の制限もなく行う方は誰もいません。まず治療には少なくないお金がかかるので、お金の制限がある。そして、仕事をしている方なら通院できる時間の制限、また治療を始めた時期によっては年齢という時間の制限を提案することもあります(木下レディースクリニックでは50歳)。ほかにも、出張が多くてタイミングを取りづらいという制限がある方もいます。

例えば、年齢が高い方などは時間の制限が大きいけど、お金には少し余裕があるという場合もある。ご夫婦でどんな制限があるのかをピックアップして、優先順位を話し合うことが大切なのです」

そのほか、「将来的に子どもは何人欲しいのか」によっても治療プランは大きく変わる。不妊治療専門クリニックではたびたび説明会が開催されているので、そこに夫婦で参加するなどして情報収集しつつ、何度も話し合うのがおすすめだ。

妊活を通して意見を交わす話題は、お金の価値観やお互いのキャリアプランなど夫婦生活の根幹に関わるものばかり。そうしたコミュニケーションを怠らないことが、妊活のみならず今後の良好な夫婦関係にもつながるのだろう。

「不妊治療を受けられた後、夫婦関係にどんな変化がありましたか? というアンケートをとったことがあります。その回答を見てうれしかったのが『付き合いが長くてコミュニケーションが減っていましたが、妊活の話題で会話が増えました』とか『初めてお互いの本音を知りました』とか『初めて大ゲンカをしたけど、仲直りして乗り越えることができました』という言葉ですね。

妊活や不妊治療では、その結果次第で喜んだり悲しんだりと大きな感情の起伏を経験する。そのすべてを夫婦でともに味わい、協力して乗り越えることで、夫婦の絆がより深まるのです」

『夫婦で始める妊活読本』(幻冬舎)

木下孝一
木下レディースクリニック院長。2012年日本産科婦人科学会産婦人科専門医を取得。その後、不妊治療専門施設に勤務し不妊治療のプロとして技術を磨きつつ、役職経験を積む中で医師不足や先進機器導入の遅れから患者が必要な検査や治療を提供できていない状況を知る。2018年木下産婦人科院長に就任。不妊で悩む患者に高品質な治療を提供できる環境づくりを目指し、先代の産科施設を閉院。同年、不妊治療専門施設、木下レディースクリニックを開院。2021年京都IVFクリニック開業予定。著書に『夫婦で始める妊活読本』(幻冬舎)がある。

https://ivf-kinoshita.com/index.html

取材・文=高木さおり(sand)
イラスト=さいとうひさし