民主改革の会の野田佳彦元総理大臣は2日、自らのホームページにコメントを掲載し、2007年に当時の自民党と民主党の間で持ち上がった大連立構想について、「反対の論陣を張り頓挫させた」とした上で、総理だった福田康夫氏と「もっと早い時期に知己を得ていたなら」と回顧した。
福田元総理と会食「きっかけは偶発的」
「私にとっては早大政経学部の大先輩だ。出自も所属政党も異なるが、私は福田元総理の後を追うように政治経済を学び、政治家人生を歩んできた。元総理の現役時代に直接交わる機会はほとんどなかったが、一方的に親近感と尊敬の念を抱いていた」
福田元総理の死去を受けて、自らのホームページで、このようにコメントを寄せたのは民主改革の野田元総理だ。
福田氏は、森内閣と小泉内閣で官房長官を務め、第1次安倍内閣の後を受けて2007年9月から1年間、総理を務めた。
衆院で7回の当選を果たしたが、2012年の衆院選には立候補せず、政界を引退した。
野田氏は2日、国政の動きや自らの考え方を記した「かわら版」の中で、10月22日に死去した福田元総理について、「親しくご指導を仰いだのは政界勇退後だ。きっかけは偶発的だった」として次のように続けた。
「総理経験者も含め多くの方々がご招待された宮中行事が終わり、参加者が会場の2階から階下へ移動中だった。福田元総理の足がもつれ落下しそうになった」
そして、「たまたまやや前方にいた私が異変に気づき、前のめりに降下しつつあった元総理を全身で受け止めた。元総理は顔面を横の壁にぶつけメガネが飛んだりしたが、転倒はせず大事には至らなかった」と明かした。
その後2~3カ月経った頃、福田元総理から「『助けられた。御礼がしたい』と連絡が入った」という野田氏。
「元総理の行きつけのレストランで楽しく有意義に会食させていただいた」と明かし、次のように振り返った。
「『戦争をしないための外交』を熱く語られている時、政治家としての強い信念がひしひしと伝わってきた」
大連立構想振り返る野田・小沢一郎両氏
2007年7月の参院選で、自民党は歴史的大敗を喫し、参院では民主党など野党が多数を占める「ねじれ国会」となった。
当時、新たに総理に就任した福田氏と、野党第1党の民主党代表だった小沢一郎氏の間で、自民党と民主党の大連立構想が持ち上がった。
しかし、民主党内から反対論が噴出し、実現には至らなかった。
先述のコメントの中で、野田氏は「当時広報委員長であった私は、党役員会で反対の論陣を張り頓挫させた」とした上で、「もっと早い時期に元総理と知己を得ていたなら…。会食中にそんな思いが頭の中によぎった」と振り返っている。
一方、福田氏と交渉にあたっていた小沢氏は今どう思っているのか。
福田氏の死去から4日後、記者団の取材に対し、当時の状況について次のように回顧した。
「あの時はうちの民主党の方がみんな反対だった。僕も民主党に入って新参者だったから、我を通すわけにはいかず、みんな反対なら仕方ないと諦めた。民主党という党から言っても、実際に政治の運営をしたことがないわけだから、連立の中で学んで、それぞれの議員の地元の人のためにもなると、一石二鳥、三鳥だと僕は判断した」
そして、小沢氏は「後になって、あの時連立していればよかったとみんなが言っている。事が過ぎてから言ったって意味がない」と悔しさをにじませ、次のように語った。
「あの時、連立を組んでいたら、その後の日本政治の行方、あり方は変わっていたのではないかと今でも思っている」

