スキージャンプの伊藤有希選手(32)が、2027年3月を最後に現役を引退します。五輪4大会出場、W杯通算10勝と日本の女子ジャンプ界をけん引してきた彼女が引退を決断したときの心境に迫りました。
―最近はどう過ごしているか(9月下旬取材)
「ちょうどサマージャンプ大会が落ち着いた頃で、夏シーズンを戦ってきた中で見つかった課題を整理したり、冬シーズンに向かう前の最後の陸上トレーニングをして、冬場を戦い抜くための体をもう一度鍛えなおす時期ですね」
―ひとつひとつのトレーニングやジャンプが終わりに近づいていく感覚は
「今日という日は、もう来年の今日は無いんだなと、毎日これが最後なんだなという気持ちになって、逆に新鮮な世界が見えるようになりましたね。毎日がすごく新鮮に見える気がします」
―今までなかった感覚か
「競技人生を考える中でいつか終わりが来るんだなと思ったときに、毎日毎日毎シーズン毎シーズンこれが最後かもしれないという気持ちで過ごしていたので、まるっきり初めての感覚ではないですけど、いざ自分が最後と決めるとより鮮明に感じますね」
―今年5月に2027年3月で引退すると発表、決断したのはいつか
「オリンピックの後、オスロ(ノルウェー)のワールドカップで優勝した時に決めました。オリンピックでやめようとは思っていなくて、何年か前からオリンピックが終わって1シーズン戦って終えたいという自分の中でのプランはありました。オリンピックが終わって自分の進退を考え続けた中で、自分が目標としていたワールドカップの10勝目やプラニツァ(スロベニア)でのフライングヒルを飛ぶという夢もほぼ確実に叶えられることが決まって、どういう時に自分は引退するんだろうと色々なパターンを考え続けていたんですけど、自分の目標や夢が叶ってすごくすっきり決断ができて、こんなにも自分の進退をすっきり決められたんだなと、一番気持ちいい決断ができた瞬間でしたね」
―葛西さんにはいつ伝えたのか
「(2025シーズンの)最終戦が終わるまでは両親にしか伝えていなかったんですけど、シーズン終了した時点でジャンプが終わった瞬間に直接伝えました」
―葛西さんから返ってきた言葉は
「一言目は『イヤだ!』と言われたんですけど、そのあとに引退を決断した経緯や気持ちを伝えるとしっかり話を聞いてくださって、最後の1年も一緒に飛ぶよと言ってくださいました」
―ワールドカップで10勝目をあげ、今年のサマーグランプリでも優勝、ジャンパーとして一線級の結果を出し続けている中での引退に葛藤や迷いはなかったのか
「飛べなくなったからやめるわけじゃなくて、むしろ飛べるようになって今までの自分の目標や夢を叶えて、最高の状態になれたからやめるという感覚なのかなと思っていて、もう空を飛ぶ方法が分からなくなってやめるというのは嫌でしたし、自分が最高の位置に達した時点で引退を決められたのは理想の形でした。このまま上手くシーズンを終えられれば、最後まで自分はジャンプが好きだったな、楽しかったなという気持ちで終えられるんじゃないかなと思っています」
―ミラノ・コルティナ五輪で「今までのオリンピックの中で一番空が綺麗に見えた」と話した時に湧き上がってきた感情は
「皆さん生活していて日々何かに追われたり、地面を歩いているわけで、空を見上げる機会ってすごく少ないと思うんです。オリンピックは自分にとってベストなコンディションで臨めたわけではないので、なかなか空を見上げるのも難しいようなシチュエーションだったんですけど、その中でもオリンピックの空を見られた、そしてその空が綺麗だと感じられたのは、良いパフォーマンスを見せられたわけではないですけど、自分の中では今まででいちばん最高のオリンピックになったんじゃないかなと思いましたね」
―「メダルは取れなかったけど、こういう経験をさせていただいて、携わってくださった方々が私にとって金メダル以上に大切なものだと感じた」というコメントについては
「正直ずば抜けた才能は持ち合わせていなかったんですけど、生まれたときから周りの方々や環境に恵まれてここまで育てていただいたので、そういう思いが強かったですし、(オリンピック)4大会も出場させていただいたのにメダルが取れなかったからこそ感じたこともあると思うんです。もしメダルが取れていたらやっぱりメダルを取れた嬉しさの方が勝ると思うので、そこの背景にしっかりフォーカスを当てるのは難しかったと思うんですけど、メダルが取れなかったからこそ、それでも自分は金メダルを取れたと思わせてくださった皆さんの応援やかけてくださった言葉、サポートを実感できて、4回オリンピックに出させていただいて本当に幸せだったなと思います」
―現在のジャンプの状態は
「今シーズンに限らず毎年、去年の自分より必ず飛べるようになっているという実感もありました。ただやっぱり成績が出ないのは自分もレベルアップはしているんですけど、周りの若い選手の成長のスピードが私よりも高いレベルで速いということで、自分もそのスピードに追い付いて追い越さなければならないという状況が続いていました。私も気が付けば世界で見ても上から2、3番目の歳になりましたけど、それでもチャンスはあるんだと思って、そのチャンスを狙っていきたいです」
―最後のシーズンどういう終わり方にしたいか
「毎日毎日ひとつひとつの試合が最後になっていくわけで、ひとつひとつの試合にベストを尽くして、自分が気持ちよく飛べたな、遠くに飛べたなという試合がひとつでも多くなれば良いと思いますし、UHB杯も今シーズンで私は最後になりますけど、すごくたくさんの思い出があるので最後の試合もより遠くに飛んで見に来てくださる皆さんにビックジャンプを見ていただきたいなと思います」
夢を叶え、最高の状態で引退を決めた伊藤有希選手、最後のシーズンもこれまでと変わらずジャンプと向き合いながら、スタート台に向かいます。UHB杯ジャンプ大会は10月17日(土)に大倉山ジャンプ競技場で行われます。
