女子スピードスケートでオリンピック通算10個のメダルを獲得し、2026年8月に国民栄誉賞を受賞した髙木美帆さん。同年3月に現役を引退した彼女が、地震と豪雨で被害を受けた能登地方の復興支援を目的に、2泊3日の日程で石川県珠洲市を初めて訪れた。当初は被災者を元気づけたいとの思いだったが、現地で聞いた「忘れ去られそう」という住民の切実な声に触れ、髙木さんの心境に大きな変化が生まれた。
国民栄誉賞の髙木美帆が能登地震の被災地・珠洲市へ

2026年10月、珠洲市若山町にある仮設住宅の集会所。住民たちが日課のラジオ体操を始めようとしていたその時、元スピードスケートのレジェンド、髙木美帆さんが姿を現した。日本の女子選手として史上最多のメダルを獲得したアスリートのサプライズ訪問に、集まった人々からは驚きの声が上がる。髙木さんは、被災した人々に元気を届けようと、今回初めて珠洲市を訪れたのだ。彼女はそのまま住民の輪に加わり、毎朝行われているというラジオ体操を共にした。

体を動かした後は、和やかな雰囲気の中で交流の時間が持たれた。集まった住民から質問攻めに遭った髙木さんは、一つ一つの問いに気さくに答えていく。


「現役時代はどのくらいの距離を練習で滑っていたの?」という質問には、「ゆっくりなら5000メートルとか、速い練習なら300メートルや500メートルです」と笑顔で返答。さらに「好きな人はいますか?」という踏み込んだ質問にも、「異性はいませんが、母親と過ごす時間が今までなかったので、一緒に過ごせる時間を楽しんでいます」と、プライベートな一面をのぞかせた。

この日、髙木さんはミラノ・コルティナオリンピックで獲得した銅メダルを持参していた。住民たちは、テレビでしか見たことのなかった本物のメダルを間近で見たり、実際に手に取ったりして、その重みを実感。「重い。びっくり。重くて」「すごいね、本当に重いね」と感嘆の声が漏れる。ある住民は「良かったです、今日来てくれて。こんな所に髙木さんが来るなんて思わなかったから、びっくりです」と興奮気味に語った。
「忘れられていない」住民にもたらされた安心感

髙木さんのような著名人の訪問は、被災地の人々にとって特別な意味を持っていた。別の住民は、その心境をこう明かす。
「有名な人が来てくれると、忘れられていないと安心感もあります。いろんなところで災害があって、だんだん忘れ去られそうな感じがするけど、こうして来てもらってありがたいです」
相次ぐ自然災害のニュースの中で、自分たちの置かれた状況が世間の関心から薄れていくのではないか。そんな不安を抱える被災者にとって、髙木さんの訪問は物理的な支援以上に、精神的な支えとなったのだ。

髙木さんは滞在中、市内の各公民館も巡り、タオルを使った健康増進や認知症予防につながる運動を住民たちと一緒に楽しんだ。その一つ一つの交流が、能登への思いをより一層強いものにしていった。
芽生えた新たな決意「外への発信が必要」

当初、髙木さんは今回の訪問について「復興に向けて頑張っている皆さんに、少しでも例えばメダルをお見せして、勇気や元気や感動を少しでもお渡し出来たらいいなと思って来ました」と語っていた。

しかし、住民との対話を通じて、その考えは変化していく。被災地が抱える「風化」への懸念。「能登の被害が日本の国民に忘れられている」という声を直接耳にしたことで、髙木さんは自らにできる新たな役割を見出した。
「最初はただの被災地訪問という形だったが、『能登の被害が日本の国民に忘れられている』と言う声をいただいて、運動するとか楽しい時間を過ごすだけではなく、外に発信することも一つ私にできることで、必要なことでもあるんだなと思った」
レジェンドアスリートとして持つ発信力を、能登のために使う。それが、この3日間の訪問で得た髙木さんの新たな決意だった。

髙木さんは住民たちにこう語りかけていた。
「皆さんの顔を見て私が元気を頂きました。本当に厳しい環境の中で力強く生きている皆さんを見て、私も改めて頑張ろうと思ったので、一緒に明日を歩いて行けたらと思います。皆さんが元気でいることを遠くからでも願っています」
(石川テレビ・10月6日放送)
