今シーズン限りでの現役引退を表明した、千葉ロッテマリーンズの角中勝也選手(39)。10月2日に行われた引退試合には、多くのファンや高校時代の同級生が最後の勇姿を見届けようと駆けつけた。地元・石川県七尾市から9時間半かけて球場を訪れた父・稔さんは、「息子をプロ野球選手にしたい」との一念で歩んできた20年間を振り返る。試合後のセレモニーで角中選手が両親へ伝えた感謝の言葉と、それを見守った父の思いを取材した。
「おとん、おかんありがとう」角中勝也引退セレモニー

2026年10月2日、千葉市のZOZOマリンスタジアム。この日、現役最後の試合に臨む角中選手の姿を目に焼き付けようと、多くのファンが詰めかけた。

あるファンは「昔からずっと好きな選手。自分も野球をやっていて、フォームを真似したりしていたので思い入れが強い。きょうは絶対行かなきゃなと思って来た」と語る。また、別のファンは「『いつか来るんだろうな』という気持ちだった。それがきょうだったので、まだ早い気はするが、なんとかワンヒット、できれば猛打賞を期待している」と熱い思いを口にした。

中には、高校時代の同級生の姿もあった。
「角中とは高校の同級生で一緒に野球をやってきた。きょうが最後ということで、角中の勇姿をしっかり生で見たいなと思って応援にきた。同期の星として頑張ってくれて、みんなを一つにつなげてくれたことにも本当に感謝している。ここまで頑張ってくれて誇りに思うし、最後の勇姿をしっかりと見て感謝を伝えたい。」
父が語る「息子をプロに」その一念

多くの人々が見守る中、角中選手の父・稔さんも地元・石川県七尾市から9時間半かけて球場にやってきた。

稔さんは「(ロッテに入団した)20年前にはこんなことは思いもしなかった。10年頑張ってくれるかなって思っていたんだけど、20年いるとは思わなかったな」と感慨深げに語る。



角中選手が子供の頃、稔さんは自宅の工場を改装して練習場を造り、365日欠かすことなく厳しく指導を続けてきた。「『息子をプロ野球選手にしたい』その一念やね。学校から帰ってきたら必ず玄関で待っていたから、本人は(自分を)嫌いだと思いますよ」と当時を振り返る。

最後の試合に臨む息子にどんなプレーを見たいかと問われると、「プレーはいろいろ見てきたから、けがをせずに最後まで出てほしい。最後はスピーチもするだろうし、詰まらないで噛まないで、うまいことしゃべってくれりゃいいなと思って。自分が代わりに行って挨拶するわけにいかんやろ」と、父としての優しい眼差しを見せた。
最後の打席 父の願いと「真剣勝負」

最後の試合を「6番・レフト」で迎えた角中選手。2回、1アウトランナーなしの場面で最初の打席が回ってくる。「角中!角中!」という大声援が鳴り響く中、父・稔さんも応援席からその姿を見守る。


角中選手は打席で粘りを見せるが、6球目を空振り三振。稔さんは「ピッチャーは真剣勝負でやってくるなあ。ど真ん中に投げてくれればいいのに、厳しい球ばっかり…」と悔しさをにじませた。

続く第2打席もファーストゴロに倒れ、迎えた第3打席は三球三振。その後、守備でライトのポジションに入り、フライを捕球したのが現役最後のプレーとなった。
白星飾れず…セレモニーで伝えた感謝


試合後に開催された引退セレモニー。角中選手がマイクを通して言葉にしたのは、両親への感謝だった。
「おとん、おかん。丈夫な子に生んでくれて、育ててくれて本当にありがとう」
この言葉に、父・稔さんの目には涙が光った。

さらに角中選手は、今後についても言及した。

角中選手:
今まで自分のことを指導してくださったコーチ陣の皆さん。教えてもらった技術・感覚、すべてのことが自分の引き出しに入っています。またこの引き出しの中から、将来いい選手を育てられるように頑張ります。

指導者になるという夢も口にした息子のスピーチを、稔さんは「感激しました。思い残すことはないです」と晴れやかな表情で受け止めた。この日はどんな一日になったかとの問いには、力強く「最高の日でしたね」と答えた。


2度の首位打者や侍ジャパンへの選出など、輝かしいキャリアを築いた角中選手。現役生活を終えた心境を「満足です。もうおなかいっぱいです」と語った。独立リーグからプロの世界に飛び込み、努力でトッププレーヤーにまで上り詰めたその野球人生は、多くの野球少年に希望を与えた。厳しくも愛情深い父に支えられ、最後に感謝を伝えた息子の姿は、スタジアムに集まったファンの心に深く刻まれたことだろう。

(石川テレビ・10月5日放送)
