コメの生産量日本一を誇る新潟。棚田の面積も全国随一で国が未来に残したい優れた棚田を指定する『つなぐ棚田遺産』の数は全国最多となっている。しかし、作業負担の重さや高齢化などを背景にその維持は年々厳しさを増している。
■“日本の棚田百選”に選出 北五百川の棚田
26年5月、市の職員などが一つ一つ手で苗を植えていたのは、新潟県三条市下田地区の『北五百川の棚田』。
地域の産業について理解を深めようと、毎年、新採用職員が研修の一環として田植え体験を行っている。
風光明媚な景色で親しまれ、四季を通し、観光客も多く訪れる北五百川の棚田。
養分豊富な山の湧水が作り出すコメの味の評価も高く、1999年には国が指定する『日本の棚田百選』に。2022年には『つなぐ棚田遺産』に選ばれた。
2011年に地域を襲った豪雨では、田んぼの一部が崩れる被害があったものの、復旧を遂げ、コメ作りが続けられてきた。
■イノシシ被害でコメ作り断念「作っても張り合いない」
この棚田を管理するのは佐野誠五さん(77)。
400年以上前に先祖が開いた田んぼを15代に渡り受け継ぎ、自身も20代の頃から約50年間稲作を営んできたが「本当は80歳までという目標があったが、あの被害を見たら心が折れてもう無理だと」と嘆いた。
年齢に加え、近年深刻化するイノシシやサルなどの動物による被害を受け、この年でコメ作りをやめることを決めたのだ。
「もう動物にやられたあの姿を見ると、作っても張り合いがない」と話す佐野さん。
こうした中山間地の農業は危機的な状況にある。
■作業負担大きく 県内の棚田 30年前と比べ6割減…
NPO法人棚田ネットワークの杉山行男代表理事が「棚田の場合は平地に比べて大型機械が入らないし、効率が非常に悪い。棚田地域みたいな条件の悪いところからどんどんなくなってく」と話す通り、平場の田んぼと比べ、大型の機械が入りづらく、作業負担の大きい棚田。
高齢化による担い手不足も進む中、全国的に耕作放棄される田んぼが増えていて、県内でも棚田の面積は直近の調査で1万5090haと、30年前と比べ約6割に減っている。
一方で、人が手を加え整備する棚田には食糧生産や景観の維持以外にも大きな機能がある。
杉山代表理事は「急傾斜地だと降った雨が、だっと流れ出てしまうが、棚田の場合は田んぼにいったんためて、次の下の田んぼに、下の田んぼにというふうに徐々に流れていくので地下浸透もしやすい。国土保全効果とか水源涵養効果とかそういったことが優れている」と話す。
■棚田保全へ県も取り組み強化 知事自ら草刈りも!?
地滑りの防止などの防災面や環境保全の面でも重要とされる棚田の維持に向け、行政も対策を打っている。
国は指定した棚田に対する交付金などを整えるほか、地域内外の個人や団体が農家に会費を払うことで一定の区画のオーナーとなり、田植え体験などを行いながら収穫されたコメを受け取る『棚田オーナー制度』などの施策を推進。
また、県も25年を“棚田みらい元年”と位置づけ、棚田の保全に向けた取り組みを強化。
棚田の保全に関心を持つボランティアと農家をつなぐ独自の取り組みを行っていて、花角知事自ら炎天下での草刈りを行うなど棚田の維持に向けた機運を高めようと発信している。
ただ、こうした取り組みとは裏腹に棚田を守るのは簡単ではないのが現状だ。
■棚田維持は「歳も歳だし難しい」26年もイノシシ被害に…
8月に稲刈りを行った佐野さん。
「7月末までは『前年よりはいいかな』と思って見ていた。8月1日になったとたんにイノシシが出てきて、全面、田んぼを荒らしちゃって。歳も歳だし…ちょっと難しい」
26年の収量は動物被害により、結局、例年と比べ1割強にあたる360kgほど減少した。
年間の利益は50万円ほどで、一部の田んぼに施した電気柵などの対策を広げようとすれば大幅に費用がかさむことから、自身の年齢を考えると現実的ではないという。
佐野さんは「来年から、もうお客さんに売れないなとなると、やっぱり寂しさが出てくる。これが最後と思って丁寧に扱った。お客さんにはおいしく食べてもらいたいなと思って」と話した。
■思いは変わらず「今年でコメ作りは最後」客から廃業惜しむ声も…
全国の消費者約120人と直接契約し、自らのコメを販売している佐野さん。さっそく最後のコメを味わった客からは廃業を惜しむ声が寄せられている。
それでも…「今年でコメ作りは最後」田植え前に決めた思いは変わらなかった。
家族などに作業負担の大きい棚田を引き継ぐことも考えていないという。
「自分でいうのもなんだけど、この田んぼをやれるのは俺しかいない。うちの集落、誰に聞いてもこの田んぼだけは嫌だという。やりたくないって。だって難しい。この田んぼは四角じゃないから。平場の人は分からないと思うけど、やってみると、すごいやっぱり大変。『お父さん継ぐよ』みたいな話もない。もし、あったとしても俺は継がせない。儲からないし、苦労するし」
今後、佐野さんは数枚の田んぼで、家族で食べる分だけのコメを作ることにしている。
■棚田を守る難しさ「口で言うのは簡単だけど…」
失われゆく日本の原風景をいかに守っていくのか…。
杉山代表理事は「棚田オーナー制度などで多少の経済的な負担はオーナーからのオーナー費で賄うとしても、実際の作業をやる人がどんどん高齢化してきているから、それをどういうふうにしていくか考えていかないと」と指摘する。
原風景を守るために課題と向き合い続けてきた佐野さん。
「農家自体も高齢化しているし、棚田で耕作している人たちも相当な高齢者だと思う。これ守るのは、口で言うのは簡単だけど、実際やるとなると、生活しながらだから。これで生活しろと言われると、もうやる人はいないんじゃないかな…」
佐野さんの言葉は、棚田を守る難しさを物語っていた。
人々の暮らしや地域の風景を支えてきた棚田。その価値を次の世代へどうつないでいくのかが、大きな課題となっている。
