新型コロナウイルスの世界の感染者が6000万人を超えた。特に欧米各国での感染拡大に歯止めがかからない。そんな中、トルコ政府が11月25日に発表した「感染者数」に注目が集まっている。トルコ政府は7月下旬以降、症状がある「患者数」のみを公表し、陽性でも無症状の人はカウントしてこなかった。しかし、ついに日本や欧米など多くの国と同じく、無症状でも陽性が確認された人を含む「感染者数」の発表に踏み切った。その数、2万8351人。同日、症状がある「患者数」は6814人だったことから、およそ4倍だ。医師会や野党はこれまでも政府が感染の実態を隠していると批判し、陽性者全体の数を発表するよう追求してきたが、コジャ保健相は記者会見で今回の発表を「国民の要望に基づいて発表した」と説明した。4カ月公表しなかった「感染者数」をなぜこのタイミングで発表したのか?そこには、世界各国のワクチン獲得競争が激しさを増す中で、トルコが抱えるジレンマが垣間見える。

「感染者数」で世界3位に浮上

この発表を、トルコメディアも一斉に伝えた。

ソズジュ(大手紙):
「コジャ保健相が本当の感染者数を公表したら、トルコはヨーロッパ首位になった!」

レマン(風刺漫画誌):
「感染者数でヨーロッパ首位、世界3位!9カ月もの間、われわれは真実の数ではなくうその数にだまされていたのか?」

記者会見するコジャ保健相のイラスト。吹き出しには「マスク、距離、衛生、国益」とある。(トルコの風刺漫画誌「レマン」)
記者会見するコジャ保健相のイラスト。吹き出しには「マスク、距離、衛生、国益」とある。(トルコの風刺漫画誌「レマン」)
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医師会は早速、政府の姿勢を強い言葉で糾弾した。

イスタンブール医師会:
「政府はコロナが始まってから今まで、理性と科学に従わず不足だらけで一貫性のないその場しのぎの対策を講じてきた。コロナ対策においてトルコは世界最低水準であり、政府が重視してきたのは国益だけだ。責任はコジャ保健相を任命したエルドアン政権にある。現政権の思考回路こそが障壁だ。保健相は辞任せよ」

このコロナ禍、まさに命を賭して患者の治療にあたるドクターらの声は極めて重みがあり、政権も無視できないだろう。一方、野党党首らも手厳しい。

民主主義進歩党 ババジャン党首(元副首相):
「なぜ数カ月にわたり公表しなかったのか。国民の健康を危険にさらしてこなかったか。(今回発表された)これらの数字も、どれだけ信ぴょう性があるかわからない」

未来党 ダウトオール党首(元首相):
「10月に、感染者と患者数は別だとして国民を愚弄するのはやめろと警告したが、政府はようやく公表した。もはや誰も政府を信頼していない。政府はこの国を台無しにしている」

優良党 アクシェネル党首:
「感染者を公表したのだから、2週間の完全ロックダウンを行うべきだ」

感染急拡大で再びロックダウン

実際、トルコでは11月に入ってから感染が急拡大していて、25日に発表された1日あたりの死者数は168人と過去最多、累計1万2840人となった。20日からは再び部分的ロックダウンも始まり、学校は全学年で再びオンライン授業になったほか、レストランはテイクアウトとデリバリーのみ営業可、映画館やサッカー場は閉鎖、高齢者と若者は外出可能時間が定められるなど、市民生活が大きく制限されている。政府は今後、必要に応じて外出規制時間の拡大など規制を強化する構えだ。

テイクアウト、デリバリーは可能だが、営業停止するレストランも多い(ガラタ橋下)
テイクアウト、デリバリーは可能だが、営業停止するレストランも多い(ガラタ橋下)

一方で、国民にこれだけ行動制限を強いているのにも関わらず、トルコ政府は7月に再開した外国人観光客の受け入れを止める様子はない。現在、トルコでは国・地域別の入国制限も自主隔離も必要ない。ホテル内のレストランも宿泊客を対象に営業している。つまり、外国人観光客には大甘なのだ。経済が低迷し観光収入が激減する中、背に腹は代えられないといったところだろうか。しかし、対面授業を禁止して子供から十分な教育機会を奪う一方、感染拡大リスクを顧みず、外国人観光客からの外貨収入は諦めない。こうした姿勢こそが、医師会や野党が「国益だけを追求している」と批判するゆえんなのかもしれない。

ワクチン確保を急ぐトルコ

感染が急拡大する中、トルコ政府はワクチンの確保にも躍起となっている。コジャ保健相は25日の記者会見で、中国のシノバック・バイオテック社から、5000万回分の新型コロナウイルスワクチンを購入する契約を結んだと明らかにした。既に1000万回分はトルコに出荷されている。これが実現すれば、同じくシノバック社から4600万回分を調達予定のブラジル・サンパウロ州を抜き、トルコは中国製ワクチンの買い手として暫定世界一となる。トルコ政府はあわせて、アメリカのファイザー社やドイツのビオンテック社などとも交渉しているほか、トルコ独自のワクチン開発も進めていている。世界的なワクチン争奪戦が過熱する中、人口が8000万人を超えるトルコにとって、ワクチン確保は急務といえるだろう。

トルコは5000万回分の中国製ワクチンを購入(シノバック・バイオテック社HPより)
トルコは5000万回分の中国製ワクチンを購入(シノバック・バイオテック社HPより)

トルコ政府は今回、無症状でも陽性が確認された人を含めた「感染者数」を公表したが、実際の数はこれよりもはるかに多いと指摘する声もある。コジャ保健相は、イスタンブールなどの大都市では「第3波が発生している」と明言していて、ICU占有率もイスタンブールで約70%(11月25日)とひっ迫してきている。これ以上の感染拡大を防ぐためにも、トルコ政府が進めるコロナ対策にはさらなる透明性の確保が求められている。

【執筆:FNNイスタンブール支局長 清水康彦】

清水康彦
清水康彦

国際取材部デスク。報道局社会部、経済部、ニューヨーク支局、イスタンブール支局長などを経て、2022年8月から現職。