一面に田園風景が広がる岩手県花巻市。この花巻市の一部は、かつて「稗貫郡(ひえぬきぐん)」と呼ばれていた地域だ。
「稗貫(ひえぬき)」にはどのような由来があるのか、長年にわたり県内各地の地名を調査している宍戸敦さんに話を聞くと、その由来は千年以上前にさかのぼるという。
宍戸敦さん
「811年(平安時代前期)、新たに『和我(わが)』『稗縫(ひえぬい)』『斯波(しわ)』の3郡ができた。『稗縫(ひえぬい)』が最初から『ひえぬき』と言ったのか、あるいは『ひえぬい』だったのかははっきりしない。地名の由来としては『ひえぬい』という言葉を分解し、日本語で解釈できる地名と考える。『ひえ』は冷えている、『ぬ』は沼地、『い』は川という意味と捉えると雪解けの冷たい水が北上川沿いの湿地帯にある状態を『ひえぬき』と言ったのではないかと考えられる」
この「稗貫郡」にはかつて「五大堂村」という村があり、そこには「蛇蜒蛆(じゃのめり)」という地名があり、現在も地域の名前として残っているという。
宍戸敦さん
「この地名は岩手県でもかなり難しい地名だと思う。『じゃのめり』の『じゃ』は『蛇』。『のめり』は、ヌルヌルとのたうち回る状態。蛇がのたうち回っている状態を表現しているのが『じゃのめり』だと考える。『じゃのめり』の『蛇(じゃ)』は、川の蛇行の意味の『蛇』という意味もあるし、土石流がヘビのようにぬるぬると川に入る様子を表したのではないか」
この「蛇蜒蛆」の伝説について、花巻市石鳥谷町にある光勝寺を訪ね、住職の佐藤宥弘さんに聞いた。
光勝寺住職・佐藤宥弘さん
「鎌倉時代に智空という住職がいて、(住職が)かわいがっていた小坊主たちが本堂の前で遊んでいた。本堂前の大きな沼から大蛇が出てきて子どもたちを飲み込んでしまった。怒った智空は大蛇を懲らしめるため護摩をたき祈祷した。すると大蛇は苦しみ、西方の北上川へぬめり込んだ。大蛇が逃げた跡の『ぬめり地』が、後の水田の元を成すような状況になった。地名にも使われるようになり『じゃぬめり』という呼び名が時代とともに変化し、『じゃのめり』になった」(※諸説あり)
「蛇蜒蛆(じゃのめり)」という地名が伝わる北上川周辺の地域は、現在も水田地帯だ。
光勝寺の傍らには、大蛇に飲み込まれた子どもたちを弔うために建てられた供養塔があり、大蛇伝説が語り継がれている。
光勝寺住職・佐藤宥弘さん
「大蛇が懲らしめられ祈祷をされている時に言った言葉が『どうぞ許してください。許してくだされば、ここのお山を高野山のような立派なお寺にしてみせます』と言って、許しを乞うたということが書いてある」
土地の特徴と伝説が残る「じゃのめり」。水田地帯が地名の由来を今に伝えている。
