全国大会の常連だった愛工大名電高校の相撲部が、存続の危機に直面しています。部員は2年生ただ1人。名門の歴史を背負い、1人で土俵に立ち続ける高校生を追いました。
■伝統ある相撲部が存続の危機
相撲部に所属している愛工大名電高校2年・加藤稜真さん。
加藤さん:
「今日は、中学生と一緒に練習です。3人いた3年生はもう卒業してしまったので、今1人しかいないんです」

1961年創部の愛工大名電高校相撲部は、選抜優勝2回、インターハイ準優勝3回、角界に2人の幕内を輩出した名門です。しかし、長い伝統を誇る相撲部が今、存続の危機にあります。
相撲部顧問の小島勉先生:
「なかなか選手がいません。ポスターを貼ったり、勧誘したりしたんですが、入ってくれない」
少子化などを背景に、相撲の競技人口は年々減少。3人いた先輩が今春に全員卒業し、部員は加藤さん1人に。1年生の入部もありませんでした。

加藤さん:
「指導者の板倉先生にもっと教えてもらいたかったです」
さらに、相撲部を長年率いてきた2人の指導者が相次いで引退。現在の顧問・小島先生には、相撲の指導経験がありません。
小島先生:
「新入生の受け入れはしない。残念ですけど休部という感じです」
学校は新入生の受け入れを停止し、2年生の加藤さんの卒業をもって、無期限の休部とすることを決めました。その決定に、OBの間にも波紋が広がっています。

OBの山分親方(元幕内・武雄山):
「学校側の意向は、このまま廃部にしていく風に見えました。伝統ある相撲部だけに、ここで終わってしまうのは本当にもったいない。悔しい思いもあります」
■たった1人で挑む加藤さんの闘い
小学1年生で相撲と出会った加藤さん。中学時代に全国ベスト32となり、名電の当時の顧問から声をかけられました。
その際、1学年上に部員はおらず、将来1人になる可能性があることも伝えられました。それでも、憧れだった名門・名電高校の門を叩きました。

母・加代子さん:
「1人でどうやって練習するのだろうと思いました。でも、本人が最後まで名電でいたいという気持ちが強かったので、1人でもできることをやって頑張ると言っていたので」
強い決意で入学した加藤さん。しかし、1人での稽古は想像以上に厳しいものでした。
加藤さん:
「先輩たちがいた頃は、稽古で『ここがダメ』みたいな指摘があったんですけど、1人だと無いので、全然わからないです」

そんな加藤さんに手を差し伸べたのが、名電OBの中嶋亮介さん(29)です。中嶋さんが所属する刈谷市の実業団・アイシン相撲部が、週2日で稽古を受け入れてくれています。
中嶋さん:
「相撲の競技人口が減っていく中で、致し方ない部分もあるんですけど。やはり続けてほしい思いがあるので、残念ですね」
存続の危機にある母校の相撲部で、1人頑張る後輩をOBとしてサポートしたい。立ち合いなど、1人ではできない稽古を中心に後輩に胸を貸します。
組み相撲を得意とする加藤さんですが、課題は相手を押し出す力。ぶつかり稽古を繰り返します。
稽古の仕上げは、名電伝統の下半身強化トレーニング。低い姿勢で15キロのダンベルを持ち、土俵の周りを飛び回ります。

1人ではくじけてしまいそうですが、OBからのサポートを受けてやりきりました。
中嶋さん:
「中途半端な相撲はやめてもらって、決めたことを全力でやってほしい。頑張って!」
加藤さん:
「名電は弱かったではなくて、最後まで強かったという学校でありたいので、自分が最後の部員として強くなって、“名電は強い学校だった”とイメージをつけたいです」
■名門の伝統を背負い土俵に立ち続ける
2026年8月2日、和歌山県で開かれたインターハイ。部員が1人のため団体戦には出場できず、名電の連続出場は40年で途切れました。
加藤さんは個人の「無差別級」と「100kg級」に出場し、優勝を目指しました。
身長167cm、体重95kgと相撲選手としては小柄な加藤さん。初日の無差別級は全敗でしたが、大会3日目、いよいよ本命の体重別の日を迎えました。

部員同士で練習をするほかの学校をよそに、加藤さんは1人、黙々と四股とすり足を繰り返します。
加藤さん:
「無差別級の時は、受けてもらう相手がいなくて、全然準備ができていませんでした」
その姿を見かねた知人の協力で、立ち合いの確認ができ、戦いに向けた準備が整いました。
しかし試合では、立ち合いから相手に一気に押し込まれ、そのまま押し出し。1人で挑んだ夏は終わりました。

敗戦から4日。相撲場には、再び加藤さんの姿がありました。
加藤さん:
「負けたのが悔しかったので、全国でも自分の力が出し切れるように、来年に向けてトレーニングを始めました」
名門の伝統とOBたちの思いを背負い、最後の部員・加藤さんは、今日も1人、土俵に立ち続けます。

